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医者との関係の難しさ

2月10日(火)
多くの人は様々なしがらみの中で身動き出来ず、そこから逃れる術を自ら閉じてしまい辛く苦しい日々を耐えながら送っている。そのような人生から逃れたいと渇望しながらも、逃れる道はありえないと思い込んでしまい、今の生活から抜け出す事ができない。

患者会で、初めて参加した30歳少し前の女性が、皆に医者との関係をどうしたらいいのか相談に来た。彼女はきわめて珍しい皮膚の悪性リンパ腫と診断された。今治療を受けている病院の主治医は皮膚科の医者だ。

主治医から、まずこの病気は治らない病気だと言われた。治療はリンパが腫瘍化した段階で抗がん剤治療を始めるが、今の所待機療法としてプレドニンの服用とステロイドの軟膏を塗るという処置を行なっている。果たしてそういった治療でいいのか疑問を持っている。

主治医に血液ガンの専門病院に移りたい旨言った所、主治医はそれを認めてくれない。彼女の症例は極めて珍しく学術的興味で留め置きたいようだ。彼女はそれ以上医者に言えない。

家族関係も色々ある。4歳の娘がいて、母親の不安が子供に移るのだろう片時も母親の側を離れようとしない。ただ実家の祖母には懐いている。彼女は治療に専念するため、実家に引っ越したいと思っている。体調が悪く子供の面倒を見られない時もたびたびある、そういった時に、実家であれば安心だし、また親に子供を預けて治療などのための外出など自由に動く事が出来る。実家に引っ越したいと夫に言った所、それなら離婚だと言われた。今はある意味、医療費を含めた経済的理由で夫と一緒にいるようなものだ、と言っていた。

親の知り合いに医者がいる。その医者が免疫を強化するという注射を行なっている。親はその医者の言うことを完全に信じ込んで、娘に必ず注射をするようにと強要してくる。1回2万7千円と高額だ。以前は週1回やっていたが、経済的に2週に一度にした。あまり効果がないので止めたいと親に言うとガンで死んでもいいのかとあくまでも続けることを強制してくる。止めたら親との関係が壊われかねないので止むを得ず継続している状態だ。

主治医との関係、親との関係、夫との関係全てが彼女にとってのストレスになっている。逃れようと必死になって道を探そうとしているが、底なし沼のようにどんどん深みにはまっていくように抜け出られなくなって来ている。

病気で苦しんでいる妻を見捨てて離婚を言う夫がいるということは驚きだ。去年9月千葉で集会があり、そこでの女医さんの話しの中にもあった。がんを宣告されこれから治療を始めなければならない、子供達の面倒をよろしくお願いします、と夫に言った所、子供の面倒を見るつもりはない、離婚すると宣告されたそうだ。気丈な彼女はさっさと夫と縁を切って実家の母親の協力で治療にあたったという話があった。

世の中にはそういう男もいるのかとつくづく思った。病気になった相手とどういう関係を持っていけるのかが、関係の本当の姿を露にしていくのだろう。がんなどの病気は中途半端な人間関係を壊してしまう。逆に本当の人間関係を作る事が出来るのだろう。病気は人生を良くも悪くも変えていくのだろう。

さて、話を戻すと患者会での彼女の問題提起に対しての皆の答えは、セカンド・オピニオンを受けるべきだということだ。納得して治療を受ける事ががん治療の最も基本的なあり方だ。そういった意味で今納得した治療を受けてはいない。

別の医者の診断を受けても同じような治療法が提示されるかもしれない。しかしそれによって自分が受けている治療に納得できればそれが重要である。たとえ治らない病気であってもこれからどのような治療を受けていくのか、がんと共生しながらどのような人生設計を持って生きていくのか、それは納得した治療があって始めて見出せて行くものだろう。

そういった意味で、まず何よりも必要なのは、納得した治療のために悪性リンパ腫の専門病院でのセカンド・オピニオンを受ける事ではないかと思う。。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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セカオピ受けるべき

今の主治医が認めない という権限はないでしょ。
ってか セカオピを認めない医者もいるのか?とびっくり。
セカオピ申し出て 嫌な顔される ぐらいはあるかも と思っていたけれど。
旦那様も信じられないけれど。
八方ふさがり ってこういう事だなぁ。

人の思考方法というのは中々変えられないとつくづく思います。今の状態をどうにかして変えなければならないと思っていてもなかなか踏み出すことが出来ないのです。病気になる前には、神経をすり減らすような仕事を休日も返上して毎日夜遅くまでやっていたのですが、今考えると自分一人で抱え込まないでもっと分散してやれば良かったと思えるのですが、その頃は毎日毎日厳しい仕事に耐えながらその状態を変えるという発想がありませんでした。病気にならなければ仕事漬けの人生をずっと過ごしていたでしょう。何かのきっかっけが人生の転機には必要だと思います。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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