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サマセット・モーム 『雨』

2月15日(日)
昔読んだ本の整理をしていた。本はいつの間にか増えていく。本箱が一杯になり古い本を整理しようと思って点検し始めた。何時もこの仕事を始めると途中で挫折する。何十年前に読んだ本を再び読みたくなってしまって決して片付くことがない。

サマセット・モームの『雨』が目に留まった。そして読み始めた。短編だということもあってとっつきやすかった。

1.gifSTORY:狂信的な布教への情熱に燃える宣教師・デイヴィドソンが、任地へ向う途中、検疫のために南洋の小島に上陸する。彼はここで同じ船の船客であるいかがわしい女・トムスンの教化に乗りだすが、重く間断なく降り続く雨が彼の理性をかき乱す・・・。

聖職者と娼婦という対比の仲で、何が善であり、何が悪であるかを問い、又理性と本能の葛藤を、最後の宣教師の人間的破綻を通して描き出している。

デイヴィドソンは南海のサモア諸島でキリスト教の布教のため全身全霊、身を粉にして活動する。しかしそれは欧米的価値観とキリスト教的倫理を現地人に強制するものでしかない。彼は現地人について言う。

「何しろまったく生まれつき堕落している連中ですから、自らの悪を悟る事ができない有様でした。彼らがあたりまえの行為と思っているものを、罪と意識させてやらなければなりませんでした。姦淫、嘘、盗みなどはもちろん、肉体を露出すること、ダンス、教会に来ないこと、皆罪と悟らせねばならなかった。娘が胸を見せるのも罪、男子がズボンをはかないのも罪と私は教え込みました。」
「どういうふうにしてです?」
「罰金を定めたのです。さらに教会員の籍から除名する手もあったのです。」
「除名されると何か困るんですか?」
「コプラが売れなくなるのです。魚をとっても分け前がもらえません。つまり餓死寸前という事になります。」(岩波文庫、朱牟田夏雄訳)

かってヨーロッパ諸列強が植民地拡大にしのぎを削り、まず、軍事的に支配し、そして次に精神的に従属させる為に宣教師を派遣し、キリスト教的価値観と文化を原住民に強制し、現地で受け継がれてきた独自の伝統や文化を根こそぎ解体して行ったのである。そのようにして物理的にそして精神的に従属を強制していったのである。

宣教師たちは自分が植民地支配の片棒を担いでいるなどとは誰も自覚していなかっただろう。キリスト教の教えを世界の隅々まで広げていくという、問題意識で困難な布教活動のため世界中に派遣されていったのだろう。

宗教というものの持つ独善主義は、キリスト教的価値観の現地住民への強制を必然的に伴うものである。それによって現地の風習や文化を破壊する事になる事には全く無神経である、いやむしろそういった文化を悪として排斥する事を目的意識的に進めて来たのである。宣教師たちは神の御心として、善意としてそれを遂行していった。自分以外の世界を認めず、自分の主義にあわぬ者を軽蔑し断罪していったのである。「地獄への道はいつも善意で満ちている」のだ。

現在のアメリカの一国覇権主義はキリスト教の流れのような気がする。イラク戦争、アフガニスタン戦争を積極的に推進してきたブッシュ大統領はキリスト教右派への揺るぎない信仰の持ち主であり、彼の政治家としてのキャリアは、共和党の中心的な支持基盤であるキリスト教右派の票を確実に取り込んでいくことで築かれて来た。ブッシュの侵略戦争遂行はキリスト教右派の方針に従ったものでしかない。

十字軍から始まり、延々と続く宗教戦争の歴史を見れば、キリスト教がどんなに信仰と善意の様相を呈しながらも実は世界支配を目指す覇権主義に裏打ちされた教義でしかないとしか思えない。もちろんキリスト教にも色々な流派があるが本質的には独善主義であり、排外主義である。

『雨』という作品は、善意とは何かをと問うていると思う。デイヴィッドスンは、善意から娼婦の教化に乗り出す。しかしそのやり方は彼女を傷つけ、苦しめるものでしかなかった。彼は自分の心にひそむエゴイズムや優越感に気づかず、その独善主義のために他人が傷つけられ、不幸になっていることに無神経であり、自分の教義を他人に強制することを自らの任務と信じて疑わなかったし、自分の行為に何ら疑いを持つ事はなかった。

確かに善意は他人を救うためにも必要だろう。しかしそれは一方的な押し付けや強制ではなく相互の信頼関係があって初めて成立するものである。

人間は理性と本能の間で揺れ動く存在だ。デイヴィッドスンもトムスンも、外面的なものこそ違え、人間的本性といった点では、それほど変わる所は無い。モームはこの小説の中で、聖職者と娼婦という極端な存在を対比させながら、最後の宣教師の人間的破綻を描き出すことによって、人間の本質、弱さ、そしてその弱さを許す心の必要性を訴えているのではないか。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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