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鎌倉-鶴岡八幡宮・建長寺

3月12日(木)
昨日、一昨日は天気は良かったが風が強く、外出したいと思うような天気とはいえなかった。今日は気温も上がり穏やかな陽気が期待出来そうだったので出かけることにした。何処かに行くといっても特に目的があるわけではない。

あまり行く機会のない湘南方面に湘南新宿ラインで出かけようと思った。何処に行くというよりも普段ずっと家にいてばかりなので、少しは体を動かさなければならないといった事が主たる目的だ。そういった意味では何処でもいい。ただハイキングはやはり体がきつい。

鎌倉に行くことにした。鎌倉は大学の時、授業の合間に友達何人かと県立近代美術館に「ムンク展」を見に行った。また5、6年前に行ったことがある。大体雰囲気は分っているので体への負担はそれ程ではないと判断できた。

鶴岡八幡宮

骼悟 参道入口の大鳥居

池袋から鎌倉まで湘南ライナーで丁度1時間だ。駅から鶴岡八満宮に向かう。鎌倉駅東口を出ると小町通りと若宮大路がある。小町通りは商店街で飲食店や土産物 屋が軒を連ねている。見所は色々ありそうだったが、オーソドックスに若宮大路から向かう事にした。左手に大きな二ノ鳥居が見える。そこから三ノ鳥居まで続 く約500mの桜の並木があり、花が咲けば鮮やかな花のトンネルとなるだろう。

そして三の鳥居をくぐり太鼓橋の横の橋を渡る。早咲きの桜が数本便区の花を咲かせていた。源氏池の中に島があり旗上弁財天社がある。この境内にオオシマザクラが白い花を咲かせていた。

この境内は深い杜の緑と鮮やかな御社殿の朱色が見事に調和している。静御前ゆかりの舞殿や樹齢千年余の大銀杏が八百年の長い歴史を伝えているようだ。舞殿から大銀杏を見ながら石段を65段上がると本宮に着く。鮮やかな朱色が空の青さに映えている。

骼悟 大銀杏と本殿

本宮に八幡宮という扁額が掲げられ、その八の字は鳩が向かい合うデザインになっている。鳩は縁起がいいということだという。鎌倉名物「鳩サブレ」はそこから来ているそうだ。その横に宝物館があり、八幡宮の御神宝(考古資料、御輿、武具、工芸品等)が陳列してある。

略歴:現在の御本殿は、文政11年(1828)江戸幕府11代将軍徳川家斉公の造営による代表的な江戸建築で、若宮とともに国の重要文化財に指定されています。当宮は康平6年(1063)源頼義公が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承4年(1180)鎌倉に入るや直ちに神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心としました。


建長寺
骼悟 山門

鶴岡八幡宮を裏の方から出て建長寺に向かう。「巨福呂坂洞門」というトンネルをくぐる。切通しのイメージを出すべく、上方がシースルーになっている。鎌倉に は7つの切り通しがある。かって鎌倉に入るには、稲村ケ崎の様な危険な道を通る他に方法は無く、人や物資の出入りには大変に困難であった。その後鎌倉と周 辺の地域との交通の便を図るべく、海には港(和賀江島)を設け、山には切通を掘削し、外部との往来を容易に出来るようにした。切り通しにはそういった歴史的な由来がある。

略歴:建長寺は鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派の大本山。 建長5年(1253)北条時頼が蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として創建した、わが国最初の禅の専門道場。北条時頼は熱心な仏教信者であり禅宗に 深く帰依していた。同時に、北条氏の権勢を誇示し、当時、海外渡来の最新文化であった「禅」の寺を建てることによって、京都の公家文化に対抗しようとする 意識の現われとも見られる。

建長寺の造りは総門、三門、仏殿(国重文)、法堂(県重文)、唐門(国重文)などの主な建物が中軸上に並ぶ禅宗様伽藍配置となっている。一直線に並ぶ伽藍の 周囲を10の塔頭寺院が取り囲む。三門の周辺に2、3本の桜の木がピンクの花を咲かせていた。古色蒼然とした暗い雰囲気の禅宗の建物の立ち並ぶ中にあっ て、一際鮮やかさを増しているようだった。

d.jpg 仏殿

三門と仏殿の間には柏槙の木(名勝史跡・新日本名木百選)創建当時からの750年の柏槙の古木がある。また、方丈から見ることが出来る方丈庭園は国指定史跡で夢想国師作のものである。

境内奥の参道を進むと、勝上嶽といわれる山に出る。この中腹に祀られるのが、明治23年(1890)静岡の方広寺から勧請した半僧坊大権現である。3代前の 住持膏貫道(おおぞらかんどう)か霊夢を見たことに由来し、建長寺の守護神とした。途中の石段には鉄製の幾つも天狗像が立ち並んでいる。この石段が急で、 何百段もありやっとのことで登りきったという感じだ。

骼悟 半僧坊

登り切った所が半僧坊で、ここからの見晴らしは見事だ。富士見台という場所があって、天気のいい日は富士山が見えると書いてあった。丁寧に見えたときの写真 まで貼ってある。運のいいことに霞んでいたが富士山を見ることができた。また別の方角からは相模湾が見え、建長寺の全景も見ることができた。さらに勝上嶽 展望台とハイキングコースへ登り階段があったが、ここで引き返した。(つづく)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
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