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禅語

3月15日(日)
日々是好日(にちにちこれこうじつ)[原典:碧巌録]
円覚寺の総門の脇に小屋があり、そこの台の上に禅語を書いたしおりが10数種類置いてあった。この「いろは栞」は臨済宗・黄檗宗各派本山ならびに一部拝観寺院で拝観の際に配っている。栞には、「いろは……う」の24種類があり、その裏にはそれぞれの文字から始まる禅語と説明が印刷されているものだ。その中の言葉はもっともだと思う内容が多かったが、その中に「日々是好日」というのがあった。

その説明として「私達の人生は雨の日も、風の日も、晴れの日もある。雨の日は雨の日を楽しみ、風の日は風の日を楽しみ、晴れの日は晴れの日を楽しむ。即ち楽しむべき所はそれを楽しみ、楽しみなき所もまたなきところを楽しむ、これを日々是好日という。どんな苦しい境界に置かれても、これを好日、結構な事です、と心から味わえるようにならなければなりません。」としおりには書いてあった。

しおりに紹介されていたネットを開き解説を読むと次のようにあった。「良寛さんが、“災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候”と言った境地こそ、この心境でありましょう。どんな災難が湧き起こっても素直に受け入れられる心、たとい大病になっても、うろうろせずに静かに病人になっておれる心、殺すと言われても笑って手が合わせられる心、そんな心が自覚できませんと軽々しく“日々是好日”などと大口は叩かれません。それは心が絶対無にならなければできぬことであります。」(「臨済禅、黄檗禅公式サイト」より)

馬祖道一禅師は「病気など気にするな、生きるもよし、死ぬるもよし」と、泰然自若として言いきった。ここまでの心境には到底到達できないが、がんという病気になっても「うろうろせず静かに病人になっておられる心」でいたいものだと思う。

六月買松風 人間恐無値(ろくがつにしょうふうをかわば、にんげんおそらくあたいなからん)[原典:槐安国語]
しおりの中の「六月買松風 人間恐無値」という言葉が考えさせる内容を提示していた。暑い時には徹底的に汗を流して、暑い暑い!それでいいのではないか。自然の暑さに耐えた人間ほど、一陣の松風にも新鮮な感激を持って喜ぶ事ができる。文明の利器に慣れてしまって、自然の一挙手一投足のたたずまいを振り返る心の余裕と、自然に対する謙虚さ、自然に感謝する心を失いがちだ。私たちはこの句に参じて、「一陣の松風、実に涼し」だけではなく、一陣の松風に「価無からん」と千金の価をつけた心意気から、自然に対する心の余裕と謙虚さを、取り戻す必要があるのではないか。

自然をありのまま受け入れる。この言葉は最初の日々是好日にもつながるが、禅宗の寺である永平寺の門前にある石版に彫ってある「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて涼しかりけり」という言葉に通じるものがあるだろう。。あるがままの自然をそのまま受け入れることによって心の安らぎを得て行く、そういった自己と一体のものとしての自然を味わう心の持ちようが重要なのだろう。

他不是吾(たはこれわれにあらず)[原典:典座教訓]
「他不是吾」の意味を一つの例を上げて説明していた。

『朝日新聞』に、16歳の女子高校生の投書があって、友人の自殺にショックを受け生きる意味を失い「誰か教えてください。本当の人生の目的を」と書いてありました。

「人の水を飲んで冷暖自知するが如し」という言葉があります。水の冷たさは、たとえ千言万語を費やしても説明することはできません。水を飲む者自らが知るのです。

果たして人から教えてもらった人生の目的で、満足できるでしょうか。納得できるのでしょうか。他人の意見は所詮、他人のものです。彼女自身の ものではないはずです。彼女の投書のに対して「本当の生きる意味は暗中模索、試行錯誤、生きてゆくプロセスの中で自分なりに把握することではないでしょうか」「万人共通の目的などあるわけはありません。一人ひとりが一生かかって自分なりの目的をみつけ、それに向かって努力していくものではないでしょうか」といった投書がありました。

山本有三の『路傍の石』の中に次のように書かれています。「たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間生まれてきたかいがないじゃないか。」「他は是れ吾にあらず」。所詮、私は私だけの私です。大切に生きてゆきましょう。(「臨済禅、黄檗禅公式サイト」より)

禅語などというと宗教的な雰囲気がするが、昔の中国の英知が格言として残されているそれを、禅の教えに沿って取り入れているもので、貴重な人生訓が含まれていると思う。禅語の中から3つ引用したが、他にも色々あって興味深い。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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こんばんは

そうだったんだぁ・・・
娘の中学の担任が 良く自分で「クラス通信」を
作っていましたが その クラス通信の題名が
「日々是好日」でしたっけ。子供達は 意味がわかって
いるんでしょうね。きっと担任が話したでしょう

言葉の解釈は色々あると思います。学校で先生が説明しているのは、「毎日を楽しく過ごしていきましょう」とか、「今日という日を感謝して生きていきましょう」とかいったことだと思います。禅における無の境地に至る事を生徒に説明している訳ではないでしょう。先人の言葉は人によって受け止め方が違い様々に解釈されそれによって多くの人に影響を与えているのでしょう。
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