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ねりまの散歩道-3 中村・向山庭園コース

3月27日(金)
10時頃、空は抜けるように青かった。風は冷たかったが、気温はそこそこあり絶好の散歩日和だった。「ねりま散歩道コース」の次を回ることにした。実際にはコースの半分、1時間半から2時間歩くように組み立てて回ることにしている。大体「ねりま散歩道コース」は西武池袋線の両側にまたがっているのが多いが、片側だけ回るという方法を取る。今回は中村・向山庭園コースの中村橋方面に行った。

練馬駅→南蔵院→学田公園→八幡神社→首つぎ地蔵→中村橋駅

南蔵院
中村橋006_edited_convert_20090328223259 南蔵院本堂

練馬駅で下車し、練馬区役所の裏通りを住宅街の間を縫って進み、10分位行くと南蔵院と書いた2本の石柱が立っている。その門から7分咲き位の桜の木が参道を覆っているのが見える。庭の木々はきれいに剪定され、誰もいない境内は静かで穏やかな空気が漂っている。満開に咲いた枝垂桜が境内に色彩を添えている。千川通りや目白通りから直ぐの所にあるとは思えない落ち着いた雰囲気だ。寺院の古い建物がその情景をかもし出しているのだろうか。
 
この寺は、延文2年(1357年)、良弁僧都という僧が中興したもので、慶安2年(1649年)には12石余の寺領が与えられていた真言宗の寺院だ。正面の門は、江戸時代中期に建てられた鐘楼門で、三間一戸、入母屋造り、浅瓦葺きの楼門形式で、赤彩されている。上階は吹き抜けで、正徳5年(1715年)銘の梵鐘が吊るされている。

nan-sakura2_convert_20090329134754.jpg 鐘楼門

学田公園
南蔵院から、3,4分の所に学田公園がある。野球場が真ん中にある変哲もない公園だが桜並木に囲まれている。まだ全く花をつけていなかったが、後1週間もすれば花見の絶好の場を提供してくれることだろう。

昔この付近は、今は暗渠となった中新井川の水源地で、アシやマコモが生い茂る沼沢地だった。明治20年に村の人たちが開墾して水田にし、それを小作人に出し、小作料を小学校の運営費の一部にあてていた。このことが「学田」の由来だという。

八幡神社
中村橋010_convert_20090328223447 八幡神社境内

学田公園から中杉通りに向かって行くと、通りにぶつかる少し手前に八幡神社がある。『新編武蔵風土記稿』に「村ノ鎮守ナリ、南蔵院持」とあり、南蔵院は江戸時代は当社の別当寺だった。八幡神社の神殿は社伝によると江戸時代のものといわれ、練馬区内でも屈指の古建築物だといわれている。
 
首つぎ地蔵
八幡神社裏の一角に首つぎ地蔵がある。昭和の初め、首と体が別々にあった地蔵尊が自分の姿を不便に思い、ある夜、信心深い2人の人の夢枕に立ち、思いが通じ、地域の人々の力でようやく首と体がつながったと伝えられている。その名にちなみ、不況期は「首切り」をまぬがれようと、参詣者でにぎわったそうだ。こういった発想法はなかなかユニークだ。しかし信仰とはそういったものかもしれない。信じることに意味があるのだろう。

中村橋012_convert_20090328223526 首つぎ地蔵

中村橋駅に向かう道は、閑静な住宅街だが、小学校や中学校がやたらと多いのに驚く。練馬区と中野区の境を歩いたこともあるのだろうか、しばらく歩くと学校、また学校と次々と登場する。練馬駅から中村橋駅まで巡る間に6ケ所の学校があったと思う。多いのか少ないのか何ともいえないが、少子化で都心では学校の統廃合が進む中、いい傾向だとも言えるような気がする。こういったことで1時間30分程の散歩を楽しんだというわけだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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