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千川通りの桜

4月11日(土)
東長崎駅近くに買い物に行ったついでに、千川通りの桜並木がどうなっているか見てみようと思い、自転車だったので足を伸ばしてみた。千川通りの桜並木は練馬辺りから始まり、南長崎まではソメイヨシノが中心だが、南長崎6丁目で道路が左に曲がると八重桜になる。千早町の千川親水公園辺りで再びソメイヨシノの桜並木になり、そこで一旦途切れる。

その後、要町通りを渡り、板橋高校の所で道は左右に分かれるが右側に再びソメイヨシノの桜並木が続いている。桜並木は千川2丁目まで続いている。桜並木は豊島区と板橋区の境で終わる。その後千川通りは大山方面に向かう。

千川通り005_edited_convert_20090411230441 江原町付近

この千川通りの桜並木は千川上水の川沿いにあった桜の名残で、千川上水の堤には、千数百本もの桜が植えられ桜の名所でもあったという。千川上水は現在は暗渠になっている所が多いし埋め立てられて道路になっている。しかしその痕跡は、親水公園として残っていたり、桜並木として残っている。

千川上水の開削は1696年(元禄9年)に江戸幕府将軍徳川綱吉により命ぜられた。その目的は、「小石川御殿」(綱吉の別荘)、「湯島聖堂」(幕府の学問所)、「寛永寺」(徳川家の菩提寺)、「浅草寺」(幕府の祈願所)、「六義園」(綱吉の側用人・柳沢吉保の庭園)への給水であった。巣鴨に達した上水の水は、地中に埋められた木樋により、江戸の本郷、湯島、外神田、下谷、浅草などに飲料水として供給された。

千川通り007_convert_20090411230535 千早町付近(八重桜)

千川上水は、玉川上水から水を引いている。西東京市と武蔵野市との境界付近にある境橋に分水口があり、ここから豊島区巣鴨まで、武蔵野台地上をほぼ東西に流れる。練馬区内に入って青梅街道を越えるが、ここから先は暗渠となり、上水に沿って「千川通り」が走っている。

南長崎でほぼ直角に曲がって北東に流れを変える。板橋区に入ると中山道に沿って流れ、北区を経て豊島区巣鴨に達する。千川通り自体は川越街道にぶつかった地点で消滅してしまう。それとも千川通りと呼ぶのは要町通りまでなのかもしれない。

千川通り015_edited_convert_20090411230734 板橋高校側

こういった曰くの千川通りだが、どちらにしても桜並木が密集してあるのは、江古田から豊島区のはずれまでだ。自転車で江古田まで行って千川通りを戻りながら、桜並木の下を自転車を走らせる。

ソメイヨシノはかなり花を落としているがまだ残っているものもある。同じ場所でも差が出るものだ。八重桜(里桜)がこれからという花を咲かせている。八重桜がソメイヨシノと重なって花を咲かせているとは驚いた。通常ソメイヨシノが散り終わってしばらくしてから咲き始めると記憶している。今日もう八重桜がほぼ満開に近いほど花を咲かせている。最近の気温の上昇が影響しているのだろう。

南長崎6丁目の交差点から千川通りは北東に曲がる。ここから桜は八重桜になる。濃いピンクの花が力強く色彩を発している。この八重桜(里桜)は関山という種類らしい。千早町の親水公園周辺では再びソメイヨシノになるが、ここの桜はほとんど花を散らせていた。

千川通り014_edited_convert_20090411230639 千川付近

ここから要町通りまでは桜はなく、通りを渡り板橋高校の所から再びソメイヨシノの並木が続く。ここの桜もかなり花を落としていた。途中サトザクラの並木がソメイヨシノに挟まるようにしてあり白い花を咲かせていた。

色々な種類の桜が次々と花を開き、それぞれの持ち味を出して楽しませてくれる。しかし花見というとどうしてもその数が多い事もあるが、その色の艶やかさが春を感じさせるソメイヨシノに及ぶものはないだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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