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職場の同僚の訪問

4月23日(木)
以前勤めていた会社の同僚がふらっと遊びに来た。彼は3月31日付けで定年退職した。嘱託などの処遇で、会社に残ることは出来たかもしれないが、腰痛で3年ほど前2ケ月ばかり入院し、昨年5月にも1ケ月入院した。そういった体の状態もあったので職場に残らず退職した。しばらくしたら何年も帰っていない九州の実家の方に行って来るということだった。

私の場合、2005年12月に入院し1年間の休職期間を経て退職扱いになった。確かに会社の就業規則で、私のような長期病休の社員への取り扱い規定が全くなく会社としてもどう処遇していいか分らなかった点もあるのだが、この退職扱いへの受け止め方はなかなか難しいものがあった。

休職期間中の1年間は給料が支給されていたが、その後は傷病手当金で給料の6割が1年半支給される。会社に出勤し給料をもらうようになると当然打ち切られる。一旦出勤したら、また病気が重くなって休職したとしてももはや傷病手当金は支給されない。

休職中であれば、出来るだけ早く職場復帰を目指し、少し体に無理をかけても仕事をすることになるだろう。退職になれば何の心配もせず、ゆっくりと抗がん剤で痛んだ体の養生が出来るだろう。そういった意味で結局、退職を受け入れることになった。

そもそも最初紹介された血液内科の専門病院で医者からガンの宣告を受けた時に、渡された診断書には「血液ガンの疑いあり。一般的には3ケ月から6ケ月の治療期間後、社会復帰が可能と考えられております」と書かれていたので、半年位で職場復帰が可能だとばかり思っていたので、将来の不安などはなかった。

しかし治療を始めた所、中々治療効果が上がらず、移殖まで半年以上かかりそれで終わることがなく、さらに2回目の移殖をせざるをえず、ひたすら時間ばかりが過ぎていった。それは職場復帰が遠のく時間でもあったのだ。最初は治療の遅れに対してかなりあせっていたが、途中からどうにかなるさといった気分で過ごすことが出来る心情になった。

定年退職になった職場の同僚は、半年位は失業保険でどうにか生活を維持は出来るが、その後再び新たな職を探さなくてはならない。この不景気な中で、定年退職者が仕事を探すということは並大抵のことではないだろう。それでも定年という機会を捉え今の仕事を辞めて新たな生き方を求めて行きたいということは、何らかの思いがあったのだろう。

毎日同じような仕事をしていながらもその中で新たな発見を探っていくことが可能な仕事をしている人もいるだろう。また、自らの仕事に生きがいを持ち、日々アグレッシブな生き方を追及している人もいるだろう。

しかしほとんどの人は分業の中で、自分を単なる労働力の一つの歯車としてしか対象化出来ない。やがて、それが体の中に澱のように溜まりそこからの脱出を求めるようになるのだろう。職場の同僚の心情は分らないが、定年を期に職場を辞めるという選択の中には、人生をもう一度やり直したいという想いがあったのだろうとふと考えた。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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こんばんは、この病気のおかげで、人生のやり直しは、定年退職前にやって来た感じ。
職場を離れるのは何時か、早期退職を考えるべきかと悩んだ事も有ります。
今、会社を辞めても、生活が困るだけで何も成りません、
病状がほとんど無く、ただの怠け者に成ってしまいます。
今は、老後(退職後)の楽しみを先取りして、会社勤めと両立する様、努めています。
今出来る事は今行う、後に回さない、後が何時無くなるか分からないもの。
(時間が無くて、やりたい事が全然出来ないのが実情ですが)
退職まで、約5年 上手に持たせないといけませんね。
ストレスの無い会社勤めの方法を考えないと!
定年退職しても、年金受給までの5年間をどうするか?悩みは多い!
そんなに生きられないかも知れないので、悩まずにのんびり暮らせば良い・・・か?
最近、意外と長生きしてしまうかも・・・と思う事も有ります。
後5年生きたら医療の進歩で更に5年生きられる様になり、10年生きたらまた更に・・・ですね。

ご無沙汰です

こんな時間に出没^^
今度 5月11日 母は紹介状を再度もらい
国立病院血液科に行く予定。
治療に入る時期らしいのですが
6月にオーストラリアに行きたいらしい(涙)
まぁ 医者と相談でしょうね。
明日は午後から勉強会
そろそろ寝ないと 勉強会で寝てしまう
おやすみです

HANAOYAJIさんこんにちわ。本当に元気ですね、ブログを読むと6時に起きて車を走らせ、花の写真を撮りにいくとは大した体力です。HANAOYAJIという名が何処から来たか分りました。いいカメラを持っていますね。花の近接写真がきれいに取れていて感心しています。私は重い一眼レフを持って歩くのが面倒なのでもっぱらポケットに入るデジカメで済ませていますが、写真も本格的にやるとそれなりに面白いのでしょう。
仕事の件ですが、私の仕事自体はかなり重労働でリハビリ勤務などは全く不可能の職場だったということもあります。また障害厚生年金を取得したこともあって、生活はどうにかなったということと、抗がん剤の影響と、病気の症状としての倦怠感からなかなか抜け出ることが出来ず、通常の労働は不可能と判断した事もあります。そういった意味で嫌でも人生の新たな生き方の選択を迫られたといった感じです。

rieeさんこちらこそご無沙汰しております。その後お母さんの体調はどうでしょうか。オーストラリアに行きたいと言っている位ですから大丈夫そうですね。どちらにしても病状が進行しないうちに行った方がいいと思いますよ。山田泉さんの本に書いてありました。
  会いたい人には会っておこう。
  行きたい所には行っておこう。
  明日死んでもでもいいように
  今日を生きよう。
経済的問題とか家族関係の問題とか色々な制限があると思いますが、抗がん剤治療を始めたら感性症の恐れなどが生じてきますので、差し出がましいようですが、その前に行きたい所に行かせてあげるのが親孝行だと思います。

そうですか

コメントしてみて良かった^^海外旅行が趣味みたいな母ですので。
心配だから 大学生になった息子を一緒に行かせよう と思ったのですが
「動物園ぐらいなら 孫と一緒でもいいけれど オーストラリアまででは
面倒みるのが大変だ」と断わられました。・・・なんか違う?
もう19歳なんですけれど(笑)
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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