スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映画 『おくりびと』

6月29日(月)
TSUTAYAの契約更新に伴ってDVD3枚が無料で借りられる期限が今日までだったので、借りに行った。「おくりびと」は見たいとは思っていたが、テーマが重そうなので体調のいい時に見ようと思って今まで見てなかった。結局これを借りた。「死」についてどのように扱うのか、「死」をどう捕らえるのか関心あるところだ。

府中に住む伯父さんが87歳で死んだ。がんだった。この間3回忌をやったわけだが、死んでから2日目位に府中に呼ばれた。葬儀かなと思ったが、そうではなく死出の旅支度という儀式だそうだ。白装束に着替えさせ白い帯巻き、白足袋をはかせる。さらに脚絆まで付け草鞋まで置く。まさに三途の川を渡るための旅路支度だ。

次に濡れた布で顔を皆でかわるがわる拭き、頭に3角の布を付け、笠と杖も添えて棺に納める。故人の愛用の品も一緒に納める。その時は意味も分からず皆と一緒にやっていたが、映画を見て改めてその意味を知った。

おくりびと_convert_20100507222312 宗派のよって納棺の儀のやり方は違うと思うが、映画では、まず沐浴として故人の体を清めるため、湯で体を拭き、白装束に着替えさせ、白足袋を履かせ、白い敷布団ごと納棺し、白い掛布団をかけ、上に礼服を掛ける。冠、扇、愛用の品も入れる。納棺の前に化粧を施す。男性の場合は顔全体を剃る。女性の場合はファンデーションを塗り口紅をさす。

死んで灰になってしまうのに何故納棺の儀などがあるのだろう。恐らく多くの人は死後の世界など信じていないだろう。しかし死は一つの旅立ちだとは思っているのかもしれない。だから、沐浴し死装束を身にまとい死化粧を施し、あの世に送り出すのだろう。

この日本独特の風習は日本人の繊細な心のあり方を示していると思う。死後の世界への信心ではなく、死者の尊厳を大切にするという心は、全て生き物への慈しみを生み出すものだろう。

映画の中で吉行和子さん演じる銭湯のおかみさんが亡くなり、火葬場で、銭湯に毎日通っていて、銭湯のおかみさんから共同経営の話をされていた笹野高史さんが棺を釜に入れる時に「死は門である」といった言葉は、この映画のテーマを一言で表していると思った。

死とはその人の新しい旅立ちの時なのだ。だから納棺師の役割は死者の魂を安らかに旅立たせるために、誠心誠意死者に心から尽くすものだというものだ。映画の解説で「納棺師、それは悲しいはずのお別れを、優しい愛情で満たしてくれる人」とあった。

火葬場の職員である笹野高史さんは釜に火を入れるスイッチを押しながら「またな」という。死は永遠の別れではないことの表現だ。恐らく誰も死後の世界でまたあいまみえるなどとは思っていないだろうが、こういった言葉は何故かありえることのような印象を与えるから不思議だ。

一定の年齢になると身近な人との別れ、自分の病気のことで、いつも「死」は自らの体にまつわり付いて来る。映画を見た人の感想で「こんな風に心をこめて送ってもらえるのなら、死ぬのも悪くないわね」と語っていた。また「死に対する心構えがほんの少し出来たような気がして、ほんの少しですが安心しました」とも言っている。

我々は皆いつか送り人になり、送られる身になる。子供をこの世に送り、親を送り出し、やがて自らも送られてゆく。この循環の中で人は生きていくのだ。

この映画は同時に肉親の死を契機とした、家族の人間関係のあり方がテーマのような気がする。主人公(大木雅弘)の妻(末広涼子)の夫を見る目の移り変わりの描き方が巧みで、死を扱う職業への忌み嫌っていた心情が、実際にその場に何度か立ち会う事によって、否定から肯定へ、尊敬へと変わっていく。

そして夫の父親が葬儀屋によって無造作に棺に納められようとしている事に対して、「夫は納棺師なんです」と叫んだ時、夫が納棺師になった時、止めなければ離婚すると言って家を出て行った妻の夫に対する見方が180度転換したことを表現している。その変化は、同時に主人公の自分のやっている納棺師という職業の意味と意義を自覚していっている過程でもあったのだ。

主人公が自分を捨てた父親(峰岸徹)が亡くなった連絡を受け、最初は会いに行くことをためらったが、父親の死に顔を見て、自ら「おくりびと」としての仕事を全うした時、父親の手には主人公と大昔約束した石文が大事に握られていた。その石を見て全てのわだかまりと恨みは跡形もなく消え、父親の愛を深く噛締める事になった。

この映画の魅力として、撮影場所、酒田を中心とした庄内平野と背景に聳える月山の四季の移り代わりの風景描写が素晴らしく、それが同時に主人公の心の変化と重なり合っているのが印象的だ。またチェロの演奏がテーマ曲として幾つかの場面で流れてきてそれが雰囲気を否が応でも盛り上げている。作品の投げかけるテーマ、風景、音楽それらが一体となって映画の完成度を高めているのだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

「おくりびと」を観た100人の感想06/08~07/08

TBおじゃまします^^「おくりびと」に関するブログをあつめています。よかったら遊びに来てください!

コメントの投稿

非公開コメント

母から聞いた話

叔母の急死で 納棺師の仕事の一部始終を見ていた母は
その納棺師の「技」は まるで夢かマジックか というほど素晴らしいと感嘆。
エンジェルメイクも素晴らしかった。私は密かに ファンデーションだけじゃなく
下地クリーム コンシーラから ナチュラルメイクにするのかしら?と思ったほど。
ただ映画で不思議だったのは なぜ死を扱う職業を嫌う?マカフシギ?

死体を扱う仕事が不浄であるという見方は、徳川時代の身分制によって作られたものだろう。最下層に部落民を置き、彼らに家畜の屠殺や、罪人の死体処理をやらせ、そのことを通して身分社会を維持しようとしてきた。分業の徹底化を通して身分制を固定化していった。こういった歴史的な経過の中で死体処理や、死体を扱う仕事を忌み嫌う風習が地方都市ではまだ残っているのではないか。それは、未だ残る差別意識の存在を意味している。この映画は、そういった差別意識に対する反論でもあるのだろう。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。