スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映画 『劔岳 点の記』

7月3日(金)
学生時代はよく山登りに出かけた。最初は北アルプスに行ったが、ある時南アルプスに行ってからはその自然の美しさに魅せられ、南アルプスの山々に出かけることが多くなった。山は2500mを越えるとその自然は様相を変える。真夏でも、雨が降ると氷雨のように冷たく体温を急激に奪う。また霧が出ると全く道が分らなくなってしまう。苛酷な自然と対面する事になる。

何故山に登るのか、それはやはり山の自然の壮大な美しさだろう。高山植物の咲き乱れるお花畑や、雲海の彼方から立ちの昇る朝日や沈み行く夕日の感動的なシーンなど、まだ目に焼きついているという感じだ。頂上を目指して山を登る、その過程が苦しければ苦しいほど、頂上に立った時の感動は大きい。これは人生にも当てはまるのだろう。映画の主要なテーマである主人公たちの努力と苦労の果てに到達した幸福感と充実感を我々も共感できるということだ。

51d+5__convert_20100507222241.jpg体力的に到底アルプス級の山登りは無理だ。山の風景描写が素晴らしい映画だと聞いたので『剱岳』を見に行った。

この映画の最大の魅力は、CGやデジタル処理で作られた映像ではなく、過酷な撮影を経てまさに命がけで苛烈な山の情景を撮り続けたその映像の数々だろう。人工的には絶対に表現できない自然のあるがままの、雄大の風景描写の連なりが我々の原初の感情を呼び起こし、感動させる。

またサウンドトラックに使われている音楽も風景を引き立てるのに最高の選曲だと思う。ヴィバルディの「四季」を中心としながら、バッハ、ヘンデルなどバロック音楽のストリングスの弦の響きが山々の風景と相乗作用をかもし出しながら雰囲気を盛り上げている。 

映画「劔岳 点の記」のパンフレットに次のように書いてあった「明治40年、前人未踏の山に挑む。日本地図最後の空白地点を埋めるために。日本地図完成のために命を賭けた男たちの記録。ここにあるのは、決して名誉のためではなく、利のためでもない、仕事に誇りをもって挑む男たち。いま、わたしたちが失くしつつある、日本の心の物語である。」この言葉が映画の本質を表現しているだろう。

陸軍参謀本部陸地測量部の測量官である主人公(浅野忠信)が何のためにこんな苦労をしなければならないのかと迷っているときに前任者(役所広司)から手紙が来る「何をしたかではなく、何のためにしたかが大事です」と。また地図について言う「地図とは日本に住んでいる人が自分がどこにいるか、自分の位置を確認するためのものだ」とも言っている。

最後に、測量隊のメンバーが山岳会が剱岳頂上に登ったのを見て、手旗信号を送る。「登頂おめでとう。君たちは仲間だ」と。そのメッセージで今まで測量隊と、山岳会との間のわだかまりも消えて、共に征服困難だと言われていた剱岳の山頂を極めた者同士の連帯間が生まれたのだ。

この映画は、山の風景描写を見るだけでも価値があると思うが、色々な問題提起をしている。生きることの意味を問いかけるものとなっている。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

南アルプス

今日は。南アルプスに登っておられたんですね。自分も大好きでしたが、海外生活が長かったので白根三山と光岳が未登に終わりました。初めて登ったのは仙丈で、市野瀬から二日掛かりで登りました。林道も何にも無かったころの話です。ところでTorch Summer2009が出ました。ED Forumのブロッグが参考になります。またyoshimineさんには関係ないと思いますが、Primary Therapy of WM with Bortezomib, Dexamethasone and Rituximabという臨床試験のレポートもあります。PDFは有料ですから読めませんが、abstractはhttp://tinyurl.com/l9qkqohttp://tinyurl.com/lrrjhfです。ご参考までに。

再燃

こんにちは、私の山行は、駒ヶ根のキャンプ場から中央アルプスの宝剣岳に日帰り登山したのがきっかけでした。
当時は、なかなか休みは取れず、年に1~2回、夜行日帰りか前夜発一泊の山行が主で行ける所が限定されていました。
南アルプスは、鳳凰三山と北岳しか登っていません。仙丈と駒は何時か登ってみたいと思っています(無理?)
最近では、低山ばかりですが、『剣岳 点の記』を読んで刺激されましたね。
1981年10月初旬に剣岳に行ったのですが、剣沢のキャンプ地で地吹雪に遭い夜中にジュラルミンのポールが折れ、薄暗いうちから撤退した事を思い出します。(それ以来、北へは、行っていません)
アルプスは、無理と思っていましたが、小屋泊まりで計画すれば、案外行けるかも?(当然、雨天撤退、梅雨明け10日限定)と思い始めています。

南アルプスに登ったことのある人2人からもコメントをもらえるなんて嬉しいです。映画を見て、また行きたくなりました。しかし体力的には無理でしょう。ハイキングで、600m位の山登りでも登りが辛いのですから。社会人になってからは近くの山にハイキングには行っているのですが、何故泊りがけで高山に行くことをやめてしまったのか自分でも良くわかりません。
南アルプスは甲府を拠点としていけるので近くて便利だという点もありました。特に鳳凰三山は何回か色々なルートで行きました。一番印象的だったのは、4月頃、途中の御座石鉱泉に泊まって、そこを拠点として、日帰りで薬師岳まで登ってまた戻って来た来た時です。まだ雪が残っていて、アイゼンを付けて登り、頂上で谷を挟んで雪に覆われた北岳を見た感動は忘れません。帰りは尻の下にビニールを敷いて何箇所かで滑り降りてきたので瞬く間に戻ってこられたような気がします。
こういった思い出など色々心に残る事があります。時間が出来た今幾らでも行けるのですが、体力的に無理なので、登山ではなくもう一つの趣味である泳ぎは出来るので、海で楽しみたいと思います。

南アルプス

もうすぐ後期高齢者ですから山などまったく考えられなくなりましたが、山の話は楽しいですね。塩見には3回登りました。北岳、農鳥、間の岳をスッキプしたのはいつでも登れると後回しにしていたためです。もう一度登りたいのは赤石です。あのスケールの大きさは、北にはありませんね。聖に手が届くような感激でした。ところで、Torch 2009 SummerにThe ABC of Anemiaという記事があります。貧血のことを解説した資料は余りないと思いますが、結構面白くて参考になると思います。

a_su_ordenさんは本格的に南アルプスを制覇しようとしたようですね。残念ながら赤石岳には行っていません。北岳には広河原までバスで行きそこから1500mを落差の急坂を超直登といった感じで登らざるを得ません。これは本当に辛い登りでした。山小屋に泊まって次の日は霧に覆われ目の前の地面しか見えず、農鳥岳まで行かず間の岳で下山しました。あまりいい思いはしなかったわけですが今思うとそれでも懐かしいです。いまさら後悔しても遅いのですが、若い頃飽きるまで色々な山に登っておけばよかったなと、今になって思います。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。