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湯本香樹実 『夏の庭』

8月16日(日)
「死について考えさせる本」ということで紹介されていた『夏の庭』を読んだ。死について考えるということは、同時に生きることについて考えること、どのように生きてきたかを振り返り検証することに他ならない。また他者の死はその死を通して自らとその人との関係が嫌が応でも露にされ、どういう関係を持ってきていたが根底的に問われる事になる。

「喪われ逝くものと、決して失われぬものとに触れた少年たちを描く清新な物語」と紹介されているが、死と生きた軌跡、肉体の消滅と記憶の残像、死と生は切り離せなく結びついている。

人は必ず死に直面する。他人の死、そしてやがては自分の死に。それは避けられないものである。しかしそれをどう受け止めるか、どのように対象化するかは、他者との関係の有り方と自己意識の在り方によって全く違ってくる。

51FSG.jpg この物語は、3人の小学6年生の少年が主人公である。彼らはそれぞれ家族関係に問題をもち、未来への不安と期待に翻弄されながら、コントロール不能な得体の知れないものへの怯えなどをかかえている。

3人の少年が死んだ人に興味を抱き、ある老人を観察することをきっかけとして始まったその老人との交流を通して死に対する意識が変わって行く過程が描かれている。それは死に関することだけでなく生きること全体にかかわることだった。

最初少年の意識は「オレたちはおまえを見張ってたんだよ! おまえが死にそうだっていうから、見張っていたんだ! おまえがどんな死に方をするか、オレは絶対みてやるからな!」といったものでしかなかった。そういった意識で町外れに暮らすひとりの老人を「観察」し始めた。生ける屍のような老人が死ぬ瞬間をこの目で見るために。

それから老人との交流が始まる。老人の戦争体験や家庭のことなどを聞き、関係を深めていく。やがて死は本当のこととなる。現実の知り合いになった老人の死は彼らを大きく成長させた。彼らの中にある「死」に対する考えは大きく変化した。

それだけではない。老人との関係は少年達に考える力を与えてくれた。家庭の問題に対しても、「こんな時お爺さんは何て言うだろう」と考えてから彼らは行動するようになった。老人は少年達に「死」について、そして生きていく中で大切な物を、教えてくれた。

少年たちは、老人とのかかわりの中で今までの物の見方を変えて行く。老人=枯れた人、じゃない。老人とは死に行く存在ではなく、今まで生きてきた存在なのだ。夏の合宿所のおばあさんを見て思う。

「ぼくは去年もおととしも、このおばあさんに会っているのだけれど、去年まではなんとなく『お年寄り』というふうにしか見ていなかったことに気づいた。」老人に対する見方が根底的に変わってきている。それは他者全体に対する関係の変化でもあった。

老人とは、歴史過程の中で様々な痕跡をと記憶を周囲の人々に与え続けてきた存在なのである。少年達は、ひとりの人間が、精一杯生きて、そして幕を閉じる姿をまのあたりにする。誰からも顧みられなかった人生だったとしても、そこには多くの思い出と記憶を人々の胸に焼き付けてきたのだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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