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友人の死

8月23日(日)
食道がんで入院し、通院で抗がん剤治療を行っていた友人が死んだという電話が、夜遅く彼の連れ合いからかかってきた。死んだのは一昨日だが、精神的に落ち込んですぐに電話できなかったと言った。

彼は昨年11月4日に入院し、食道がんのⅣ期と診断された。がん細胞は食道だけでなくリンパにまで転移し、肝臓にも及んでいた。最初は食道がんの腫瘍が、気管を圧迫し呼吸困難になる可能性があるので、放射線治療で食道がんの腫瘍を縮小することから始めた。

この放射線治療はかなり効果があり、食道にあった腫瘍は4分の1にまで縮小し、リンパの腫瘍により右手が動かなかった状態も少しは改善された。

次に抗がん剤治療に移った。フルオロウラシル(商品名:5‐FU・代謝拮抗剤)ともう一つの抗がん剤との組み合わせで点滴した。しかし点滴後間もなく、意識を失ないそれが12時間近く続いた。

そこで、今度は5-FU単独で行ったが、やはり短時間だったが意識を失った。医者は次の抗がん剤を中々始めることができず、何の治療も行わないまま時間が過ぎていった。2月半ばになって突然退院が言い渡された。外来で抗がん剤治療を行うというものだ。

2月末に退院し、3月5日から外来で抗がん剤治療を行ってきた。薬はドセタキセル(商品名:タキソテール、イチイの樹皮成分・アルカロイド系)という抗がん剤で、3週間おきに外来治療センターで点滴静注してきた。また点滴の1週間後に正常細胞の状態を見るために血液検査をし、数値があまりにも落ちてきているようだと輸血などの処置をとる事になっていた。

病状が悪化して再度入院する事になったが、どのような抗がん剤も効果がなく医者からは治療不可能と言い渡された。結論はホスピスに行くのか、自宅で最後の時を迎えるのかという選択だった。

7月23日に退院する事になった。ホスピスにはいつでも行けるということで、しばらくは自宅で過ごすことにした。しかし、突然、肺に(気管支、肺胞)に水分が溜まり、溜まった水分により呼吸が障害され、呼吸不全におちいった。救急車で病院に運んだが間に合わなかった。

あっという間の出来事だったのだろう。死は予想していてもそれが現実となると信じられない思いだったに違いない。食道がんⅣ期の5年相対生存率は7.9%という統計的には極めて低い数字だが、誰でも7.9%の中に含まれると考えたくなる。しかし現実は苛酷なものだ。彼は私と同い年なのだ。彼が入院中は、定期外来診療に合わせて、2週間1度見舞いに行っていた。その友人の死はやはり心の中に重くのしかかるものがある。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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