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趣味と娯楽の生活

9月3日(木)
  人にはそれぞれ人生の楽しみ方がある。何を娯楽と考えるかは人によって全く違うのは当然だ。競馬や競艇、パチンコだって娯楽には違いない。趣味や娯楽には優劣は付けられない。しかし趣味や娯楽によって身を破滅したくはないものだ。

入院前の5,6年間は、バブルがはじけ不況の直撃を受けたデパート、量販店、アパレルメーカーを主要取引先とする会社の中で、人員削減もあり仕事は加速度的に忙しくなった。趣味や娯楽とは全く切り離され、仕事が人生の全てを占めてしまっている様な生活をしていた。

それが突然入院し、1年後退職し、その後傷病手当金で生活し、60歳で年金暮らしになり、時間は全て自分のものとなった。朝起きて会社に行く事もなく、什器の調達に四苦八苦しなくてもいいし、夜中1時2時まで積み込みのトラックを待っていなくてもいい。180度人生が転換したというわけだ。

もちろん入院しなくても60歳で定年ではあるのだが、その後も4年間は嘱託で本人が希望し会社が認めれば続けて働くことが出来る。恐らく病気にならなければ、定年後も同じ会社で同じ仕事を続けていたことだろう。

  病気のせいで体力が低下しテニスやマラソンなどの過激なスポーツは無理だが、ハイキングやウオーキングは可能だし、旅行も出来る。体を動かすことに関してはそれで我慢するしかない。

本を読むのが好きだった。会社でも昼休みずっと本を読んでいたが、入院前の2、3年はその気力もなくなっていた。音楽を聞く事も、楽器を弾く事も段々と自分の生活から抜け落ちていった。

今時間は全て自分のものだ。テレビは朝のニュース番組以外は見ない。時々見たい映画をやっていると見るがテレビ番組表を見ないのでほとんど見逃す。テレビは娯楽でも趣味でもない。よくアメリカ映画で、生活保護か年金暮らしの70~80歳の、貧困のど真ん中にいる様な1人暮らしの老人が登場し、揃いも揃って朝から寝るまでテレビを見ているといった場面が出てくる。

そうはなりたくないと思ってテレビはなるべく見ないようにしている。テレビは外から与えられるだけだ、そこには意思による積極的な働きかけや選択の余地がない。

  趣味として読む本は、海外ミステリーが中心だった。ジョン・グレシャムやパトリシア・コーンウェル、ディック・フランシスやアガサ・クリスティーまで幅広く読んでいた。

日本のミステリーも病院のディ・ルームや医療情報相談室の本箱にかなりの数があったのでそれを利用して読んだ。あまり考えないで読め、3,4時間で読みきることが出来るので気分転換にはなかなかいい。肩の凝らない読み物だといった感じだ。

最近は藤沢周平などの時代小説にはまっている。本を読む楽しみは何にも増して大きい。しかし、家事もやっているが、趣味と娯楽の日々というのも中々難しい物がある。ある意味で病気だということで免罪されている点もある。

望んで病気になったわけではない。病気と引き換えに自由な時間を望んだわけでもない。体力消耗と定期的な治療という重荷を背負いながら幾ら時間があるといっても限界があることは明らかだ。しかしそういった与えられた条件の中で人は生きていかなければならない。そうであるならば前向きに自由を謳歌して行く様な人生を選択していくほうがいいに決まっている。そう思いながら日々どのように過ごしていこうかと考えざるを得ない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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