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「ゆるり散策」・江島神社

10月22日(木)
「ゆるり散策、私鉄沿線」の第2段、江の島に行く事にした。早めに家を出られたので、この機会に少し遠くにいってみようと思った。パンフレットには江島神社とサムエル・コッキング苑が掲載されている。植物園には薔薇が咲いている時期だとあった。池袋から湘南新宿ラインで藤沢まで行き、小田急線で片瀬江ノ島まで1時間15分位だった。

駅を降りると直ぐ海岸線が目に入る。よく天気予報で映される御馴染みの片瀬海岸東浜だ。果たして江の島にかって行った事があったろうか。全く記憶がない。駅を降りると目の前に観光協会があり、江の島のイラストマップ付きで、観光名所が紹介されている。行く所を2ケ所しか考えてなかったが、30ケ所の観光名所が書き並べられている。それを全部回るつもりはないが、コースを辿っていけば幾つかには出会えるだろう。

弁天橋を渡り、江島神社の参道に入る、江の島の玄関口に「青銅の鳥居」がある。この鳥居は文政4年(1821年)に建てられたというかなり古いものだそうだ。藤沢市の指定文化財にもなっている。

江ノ島013_edited_convert_20091021193308 青銅の鳥居・参道入口

平日だというのに参道はかなり賑わっている。参道の両側には海産物の店、土産物屋、観光旅館、飲食店などが所狭しと立ち並び、客の呼び込みを行っている。かなり活気があり、昔ながらの観光地の風景を見るようだ。烏賊やサザエを焼いている匂いが立ち込めている。誰もいないような神社ばかり行っていたが、今回は珍しくれっきとした観光地に来てしまった訳だ。

江島神社
参道を5分ばかり行くと鳥居がありそこから江島神社の境内に登っていく事になる。急な階段が続くが、エスカーという有料のエスカレーターがあって、それに乗れば階段で上がらないですむ。最初が辺津宮で、そこから5分位登ると中津宮があり、御岩屋道通りをかなり行くと奥津宮に辿り付く。さらに海岸まで下り、江の島岩屋が本宮となるということだ。この4ケ所を総称して江島神社という。しかし岩屋は台風の影響で閉鎖され近寄ることは出来なかった。

江ノ島025_edited_convert_20091021193438 辺津宮

江ノ島037_edited_convert_20091021194607 中津宮

江ノ島054_edited_convert_20091021193900 奥津宮

略歴:社伝によると、欽明天皇十三年(552年)に、「欽明天皇の御宇、神宣により詔して 宮を島南の竜穴に建てられ 一歳二度の祭祀この時に始まる」とあり、欽明天皇の勅命で、島の洞窟(岩屋)に神様を祀ったのが、江島神社の始まりであることが記されています。江島神社は、当時は、海運、漁業、交通の守護神として祀られ、 御窟(おんいわや)を本宮といい、奥津宮を本宮御旅所、中津宮を上の宮、辺津宮を下の宮と呼んでいました。

奉安殿
江島神社の辺津宮の隣に八角のお堂があり、奉安殿と呼ばれ、妙音弁財天御尊像・八臂弁財天御尊像を奉祀する為に造営された。裸で琵琶をもった姿で有名な妙音弁財天、俗に裸弁財天が祀られている。滋賀県の竹生島の弁天様、広島県の安芸の弁天様と共に日本3大弁財天の一つと言われている。

江ノ島027_edited_convert_20091021193534 奉安殿

七福神の一人、弁財天は芸事を司る。七福神で思い出したが、この由来はインドのヒンドゥー教(大黒・毘沙門・弁才)、中国の仏教(布袋)、道教(福禄寿・寿老人)、日本の土着信仰(恵比寿・大国主)が入り混じって形成された、神仏習合からなっている。七福神巡りでも神社と寺を交互に回る。そこに何の矛盾の感じないのが日本人の宗教観なのだろう。

サムエル・コッキング苑と展望灯台
中津宮から奥津宮に向かう途中、島の一番高い場所に、展望灯台があり、その周辺が植物園になっている。「江の島植物園」を2003年4月に全面改装し、名称は明治時代この地にはじめて庭園を作った英国人貿易商サムエル・コッキングの名から来ている。

レンガでできた当時の温室跡は、スケール・構造ともよく考えられていると思った。基礎はレンガ造り、上屋はチークとガラスを使い、石炭による蒸気スチームで温める仕組みをもち、温室の給水をいかにするかということで、雨水を集め貯蔵しておく設備を作り上げた。100年前の工夫が感じられて興味深いものがあった。

植物園には何種類かの植物や花はあるが中心的には多種多様な椿が植えられていて、椿苑のような気がする。花が咲けばかなり見栄えはいいだろう。薔薇はウインザー市から送られた深紅の薔薇が植えられていたが花は一つも残っていなかった。東京の薔薇より早い時期に咲き終わってしまうのだろうか。

再整備に合わせて、藤沢市の姉妹・友好都市のコーナーが作られた。なかでも中国・昆明市のコーナーにある中国伝統建築様式の四阿、「騁碧亭(ていへきてい)」は、このために現地から職人に来てもらい製作したという。

江ノ島044_edited_convert_20091021193704 四阿「騁碧亭」と展望灯台

御岩屋道通り

植物園を出て、江の島大師の円い屋根を見ながら御岩屋道通りを進む。道の両側には土産物屋や飲食店が並んでいる。所々に色々な碑が建てられている。「福島漁村の句碑」「群猿奉賽像庚申塔」「山田検校銅像、顕彰碑」「高木蒼悟の句碑」「芭蕉の句碑」「服部南郭の詩碑」「永瀬覇天朗の句碑」など次々と出てくる。多くが名前も聞いたこともない人達だが、これらも観光名所30の中に数えられている。芭蕉の句碑には「疑ふな潮の花も浦の春」と刻まれていた。

源頼朝が寄進したという鳥居をくぐると、奥津宮に着く。そこから海岸の岩屋までひたすら階段を何段も降りる。上がることを考えるとどっと疲れが出るが、ともかく下りきって稚児ケ淵の海岸までたどり着いた。

稚児ケ淵
稚児ケ淵に広がる岩場は、関東大震災の時、隆起したもので、絶好の磯釣りポイントらしく、釣り人の姿が見られた。夕日に浮かぶ富士山の眺めが絶景なため、ここ、稚児ケ淵は神奈川の景勝50選のひとつに選ばれているそうだ。

江ノ島042_edited_convert_20091021193949 弁天橋・大橋(305号線)と東浜海岸

やっとのことで急な階段を上りきり、島の南側の海岸線に沿った道を下っていき、参道まで戻って来た。海岸沿いには何軒かの飲食店が軒を並べ、店頭では、焼き蛤やサザエ壷焼きを売っている。やはり観光地にきたらそこの名物料理を食べるのも楽しみの一つだ。

江の島名物は「しらす」だと何処の店にも書いてある。「漁師さんが獲ってから数時間しか生で食べられない“生しらす”は,透明に輝く美しさはさることながら,その味も絶品です」ということで、生しらす丼を食べる事にした。帰りは、店の前から藤沢行きのバスが出ていたのでそれに乗ることにした。

2ケ所を目標に行ったのに思わぬ小旅行になってしまった様な気がする。なかなか泊りがけの旅行に行く機会もないので近場で旅行気分を味わうのもまんざらではない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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こんばんわんこ。 ▽・w・▽

岩屋に行けませんでしたか。それは残念。あやしいワールド全開のB級スポットなのですが。
岩屋が閉鎖されていなければ,岩屋から参道入り口まで船で戻れるのでラクチンです。
近くに新江ノ島水族館もあるし,再訪をお待ちしてます。

どうやらMOTOGENさんは江の島の通ではないのでしょか。知っていればもう少し情報を仕入れておけばよかったとも思います。岩屋から出ているはずの弁天丸はどうしたわけか、その日は「本日運休」となっていました。
ただ情報を仕入れると言っても、どこかに行こうと思うのはその日の朝なので、行き場所も駅に行く間に考える有様ですからとても事前調査など出来ません。結構近くまで行きながら見落としてしまう名所旧跡もあります。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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