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ももバー・移植室の今と昔

10月23日(金)
§ ももバーには、色々な患者や元患者が集まる。10年位前に治療を受けその後再発せず、治癒と見なされた人も来る。今日は10数年前に悪性リンパ腫と白血病の治療を受けその後再発せず元気に暮している二人の女性が来た。

悪性リンパ腫の治療を受けた女性の13年前の移植室(無菌室)での移植の話は興味深かった。化学療法で腫瘍が縮小したが再発し、また治療を行ったが2度目の再発となった。2度目は移植しかない。自己末梢血幹細胞移植だった。気管のリンパが腫瘍化し、呼吸もままならない。それでも移植に迷いがあって入院するかどうか3日間考えた。3日目に病院に行ったら医者が心配して玄関で待っていたそうだ。

§ 移植は1996年に行われた。私が入院し今も通院している病院と同じだ。私の入った無菌室と同じ形の病室だと思う。私が移植を受けたのが2006年だから10年の間に移植室の使い方がかなり違っていること、そして13年たった今の血液がんの治療方法が圧倒的に進歩していることを改めて思い知った。またその頃の無菌室の一泊の料金が28万円だということを聞いて驚いた。そこで1ケ月も過ごしたそうだ。

その当時は自己末梢血幹細胞移植は保険適用になっておらず、臨床例も少なかった。彼女がこの治療で最初の保険適用者だったようだ。この病院でも同種移植はあったが自己移植は始めだったらしい。そういった意味で自己移植に踏み切るにはかなりの決意が必要だった。

自己末梢血幹細胞採取に当たっては、中心静脈カテーテルを使わず、両手に点滴針を刺して行う。それも12時間かけて2日間でやったそうだ。私の場合は中心静脈カテーテルを利用し4時間で行い、4回分の移植用の造血幹細胞が採取された。

1996年頃には無菌室に入る前に、イソジン風呂で入浴する。あのうがい薬のイソジンだ。茶色の湯船に浸かり全身を消毒し、そのまま洗い流さずに乾くのを待って寝巻きを着る。その後風呂には入れない。1ケ月も風呂に入らない方がよぽっど不衛生だと思うが。そしてそれ以降治療が終るまで全く部屋から出ることは出来ない。点滴の薬剤が天井に吊るされていてそれが点滴針を通して体に絶えず送り込まれる。その管から逃れることは出来ない。

私の場合には風呂には入りたい時いつでも入れた。清潔が一番大切だということで1日おき位に入っていた。血液内科病棟の共同風呂だと時間が限られていてシャワーだけだったが、移植病棟では人数も少なく体調の悪い人が多くあまり風呂に入る人がいないので、風呂は時間の制限がなく、看護師が湯船に湯をためておいてくれるのでゆっくりと湯船に浸かること出来た。その時は点滴管を外してもらって、胸の管の出口の所を処置してくれる。

§ 昔は無菌室には全て消毒済みの物しか持ち込むことは出来ない。服も本も全て殺菌消毒したもののみが部屋に持ち込まれる。看護師とは部屋が仕切られていて入口の一角の患者とはビニールで仕切られた所でしか話が出来ない。体調が悪く動く事もままならない時にでも、看護師の手を借りる事が出来ないので全て自分でやらなければならない。面会はガラス越しに電話でする事になる。医者も防菌マスクをして診察する。閉所恐怖症になりかねない。

検査のためにレントゲンやCT室に行く時は、外界に触れないように死体袋に詰められている感じで運ばれていく。そのように無菌室は管理されていた。ところが私が入った2006年では、無菌室に看護師は普通に入ってくるし、家族との面会も部屋の中で出来るようになった。差し入れのものも特に滅菌消毒などはされなかった。

完全に密閉された空間がストレスになり免疫力を低下させると判断したのか、感染症は外からよりというより、日和見感染といって人間の体には様々なウイルスを抱えていて免疫力が低下するとそれが活動する方が多い事が分って来たからだろうか、ある時期から無菌室の管理がゆるくなって来た。そういった意味で無菌室はその呼び名を変えて移植室となった。

§
 またその頃は、カイトリールという吐気止めはなく、化学療法やましてや移植の前処置の大量抗がん剤投与では何日も続く吐気に苦しめられた。昔は抗がん剤治療=吐気だったが最近は一番辛い副作用は倦怠感となっている。吐気は4番目だ。カイトリールはその2,3年後には1回の治療に2回のみ保険適用になるという事になったが、2006年には抗がん剤を使うたびに事前に30分かけて点滴することが当然のように行われている。

こういった昔の治療の話を聞くと、13年間にどんなに医学が発達したかを思い知らされた気がした。その頃は悪性リンパ腫に対してリツキシマブもなかったし、私の場合にはサリドマイドもボルテゾミブもなかった。無菌室の管理も違っていたし、吐気止めのカイトリールもなかったし、G-CSFもなかった。G-CSFによって白血球を増加させる事によって白血球減少による感染期間を大幅に短縮出来るようになった。その分移植時の感染症の罹患率が圧倒的に少なくなった。

こういった医学の進歩の恩恵に預かって今でも生き続けていられるのだろう。一つの薬を開発するのに何百人、何千人の人の手がかかっているのだろう。一つの命はそういった人の手で支えられていることを改めて考えざるを得ない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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 こんばんは。(=^_^=)
 たびたび,お邪魔します。

 無菌室の一泊の料金が28万円ですか!
 高級ホテルのスイートもびっくりですね。
 1ケ月で,900万円。保険適用がないなら,全額自己負担になるのでしょうか? 種類にもよるけれど,がんの中ではリンパ腫は治りやすい病気といわれています。13年再発なしというひともいるのですね。
 ブログやっている方は,みな現在進行形で治療中で,もう何年前に完治してしまっているひとは,いまさら情報発信することはないのでしょうね。
 そういう点で,元患者が,わざわざ,ももバーに来てくれるということはありがたいことです。
 訃報ばかりでは,めげますもん。

私が移植室に入った時は、一泊9万円でした。そこに20日間いました。つまり180万円ですね。その三割負担を払い、残りは高額医療費で4ケ月後位に返ってきました。その頃は会社の組合保険に入っていたので、25000円以上が戻って来ました。
一昨年あたりから、入院中の医療費は、事前に健康保険に加盟して事務所から証明書をもらうと100万円かかろうが8万円だけ払えばいい事になりました。昔は100万円かかれば一旦それを収めて、4ケ月後に戻って来ましたが、一時でも払わなければならない手間が省けてかなり楽になりました。
リツキシマブはかなり高額ですし、色々な検査費用、入院費用などかなりかかりそうです。MOTOGENさんもその制度を利用することをお勧めします。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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