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北区のさんぽみち-1 王子・滝野川コース

11月18日(水)
検診とG-CSFの注射を終え、病院を出たのが1時過ぎになってしまった。血液検査が終って医者に呼び出されるまでに1時間半、5秒位で終る注射を打つのに1時間待った。早めに終れば少し足を伸ばして紅葉でも見に行こうと思ったが、この時間だと近場に行く外ない。紅葉情報の中に、王子駅から15分位の所にある金剛寺・紅葉寺が紹介されていた。

金剛寺がメインだが、その周辺にも見所がある。散策コースとしては「北区のさんぽみち」の「王子・滝野川コース」に重なる。
音無親水公園→王子神社→緑の吊橋・音無さくら緑地→金剛寺→音無もみじ緑地→寿徳院→近藤勇の墓

JR王寺駅の北口の改札口を出て、明治通りに出ると思っていたら目の前には川が流れていて、川沿いに木々が枝を垂れている。音無親水公園という。石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれている。

王寺神社002_edited_convert_20091119125840 音無親水公園

園内には、かつてあった「権現の滝」、木橋の「舟串橋」が再現され、水車や行灯も置かれている。川沿いの情景や、遊歩道の東屋、休息用の石などは昔風にしつらえてあり、趣のある公園になっている。日本の都市公園100選に選ばれているそうだ。春は桜、秋は紅葉を楽しめる。

公園をしばらく行くと、王子神社の境内に登る石段がある。この神社は元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神を迎え、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれる。それよりこの地は王子という地名となった。境内は閑散としていたが七五三のお参りに来た親子連れが写真を撮っていた。大銀杏が日差しを浴び金色に輝いていた。

王寺神社005_edited_convert_20091119130050 大銀杏

王寺神社006_edited_convert_20091119130206 王子神社拝殿

音無親水公園はそのまま石神井川沿いの遊歩道につながる。川沿いには所々に公園があり、音無さくら緑地、もみじ緑地、くぬぎ緑地などと名づけられている。石神井川沿いはさくらの名所だ。そのさくらの木々が紅葉し、川辺を赤く染めている。

川沿いを10分ばかり行くと紅葉橋があり、その橋を渡ると真言宗瀧河山金剛寺だ。この付近一帯は、徳川八代将軍吉宗の命により、カエデが植樹され、金剛寺も「紅葉寺」として今も親しまれている。しかしまだもみじは紅葉していなかった。中々凝った庭園で、京都の庭を思わせるように手入れが行き届いている。

王寺神社028_edited_convert_20091119131350 金剛寺本堂

王寺神社031_edited_convert_20091119130403 金剛寺の庭

そこから石神井川沿いをさらに進んでいく。大きな大仏が目に入った。何でこんな所に大仏があるのだと驚かされた。谷津大観音と記されていた。すぐ傍に寺院があり「真言宗豊山派・谷津子育観音・寿徳院」と書かれていた。ここは新撰組の近藤勇の菩提寺だそうだ。

そこから15分位で板橋駅に着いた。板橋駅には近藤勇の墓がある。処刑された近藤勇の首は京都に運ばれ、胴体がこの地に残された。新撰組の隊員であった永倉新八がこの地に墓を建てた。

王寺神社055_edited_convert_20091119131539 近藤勇の墓

永倉は路線的には近藤勇と対立したが、数少ない新選組の生き残りとして『新選組顛末記』を残し、新撰組の顕彰につとめた。これによって、「新撰組は人斬り集団」という従来の固定観念を突き崩し、新撰組再考の契機となった。その一貫として近藤勇の墓の建立もあったのだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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