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弥彦神社、国上寺、五合庵

11月23日(月)
骨髄腫研究会とセミナーを終え、1日位は新潟のどこかを回ろうと思った。弥彦公園・もみじ谷の紅葉が名所として観光案内にあった。若干時期は遅れたがそれでもまだ見られるだろう。弥彦神社では菊まつりが開催されている。近くには良寛が住んでいたという五合庵や越後で最古の国上寺などがある。燕三条に宿を取れば何処に行くにも便利だし、どちらにしても東京への帰りはこの駅を使う。そこで駅前のビジネスホテルに泊まる事にした。

回ったコースは以下の通り。
弥彦公園・もみじ谷→湯神社→弥彦神社→奥宮→弥彦山頂→住吉神社→本高寺→国上寺→五合庵→千眼堂吊橋→朝日山展望台

弥彦公園・もみじ谷
弥彦線は1時間に一本しかでない。8時54分燕三条発9時19分弥彦着の列車で弥彦に向う。駅を降りるとすぐ左側に弥彦公園・もみじ谷の看板が立っていて、公園入口まで徒歩1分という近さだ。様々な木の紅葉は残っていたが、弥彦谷のもみじがほとんど葉を落としていた。見頃は終ってしまったのだろう。もみじが全て紅葉していたらさぞ見物だったろうと思うと残念だ。しかし周辺の山々の木々は鮮やかに紅葉し十分に目を楽しませてくれる。

谷の中央に赤い昔風の橋がありそこから谷のもみじの紅葉を見物出来る様になっている。また弥彦神社の方から来ると、トンネルがありそこを抜けると眩いほどの赤や黄色の色彩が飛び込んでくる感じだ。

谷から登り道になり、山頂近くに湯神社がある。ちょっとしたハイキングコースのようなものだ。1時間ばかり散策し、弥彦神社に向った。

新潟008_convert_20091128181448 弥彦公園入口

新潟024_convert_20091128182328 トンネルから出たところの光景

弥彦神社・菊まつり
連休最後の日で、また菊まつりの最終日ということでかなりの人で賑わっていた。さすが宣伝パンフレトがJRの各駅に置いてある「弥彦神社の菊まつり」だけあって、亀戸天神の数倍の規模で展示されている。鳥居から山門に至る参道の両側には菊の三本仕立てを中心とした展示がずっと続いている。

山門を潜り境内に入ると今度は周辺に様々な技を競った菊の飾り作りの展示物が並んでいた。盆栽作り、杉作り、懸崖作り、岩付け、豪華な千輪作り、菊で萬代橋を作った総合花壇など丹精を込めて作った菊の造形物のバリエーションの面白さが目を楽しませてくれる。

亀戸天神に行って菊の仕立て方法を少し勉強してから菊に対する見方が変わって、何処をどのように見たらいいのか分ってきたので、そういった知識は特に菊を見る場合はずいぶん役に立つなとつくづく思った。

植物はありのままを素直に楽しめばいいとは思うのだが、菊だけはちょっと違うような気がする。昔何処かに行って、菊の展示をやっているのに出会った事が何度かあったがその人工的な飾り方に抵抗があって素通りしてしまっていた。しかし発想法を変えれば楽しめるということをつい最近悟ったという訳だ。

新潟025_convert_20091128181719 弥彦神社大鳥居

新潟031_convert_20091128181800 菊による萬代橋

新潟035_convert_20091128184111 弥彦神社本殿

弥彦山頂・奥宮

神社の脇に弥彦山ロープウェイ山麓駅行きの送迎バスの停留所があった。紅葉が見頃の弥彦山山頂に上ってみようということで、バスに乗り、ロープウェイで山頂駅まで行った。休日で観光客が多いのはあまり嬉しくないが、バスもロープウェイもひっきりなしに発車しているから待つ事がない。また観光地の交通機関はこの時ばかりと増発、増便し、休日しか運転しないシャトルバスなどもあり便利なことこの上もない。

山頂駅から弥彦神社の奥宮までは15分位登らなければならない。奥宮の所が山頂になっている。かなり急な階段や坂を上りやっとのことで奥宮に辿り着いた。そこからの見晴らしは雄大で、越後平野の全体が見渡せ、山頂の真下が日本海の海岸線になっている。海を隔てて遠く佐渡島が青いシルエットのように浮かび上がって見える。

新潟060_convert_20091128181849 弥彦神社奥宮

新潟063_convert_20091128181930 弥彦山山頂

弥彦神社を後にして駅に向う。弥彦駅伝がこの日開催されていて、ゴールが弥彦神社の鳥居だ。駅に向って歩いていると、選手が最終のコースを息を切らせながらゴール目指しては走って来るのに出会う。途中、樹齢800年といわれる根が蛸の足のように張っているので蛸ケヤキと呼ばれているケヤキのある住吉神社や、子育地蔵のある本高寺、北国街道「木戸坂」の碑、大銀杏などがある。

国上寺(真言宗豊山派)
13時15分に弥彦駅から国上寺行きのシャトルバスが出る。このバスは無料で土日祝日のみ運転している。30分位で国上寺のバス停に着く。バス停の周辺は駐車場があり、飲食店、土産物屋で賑わっている。そこを抜けると国上寺に向う山道に入る。坂をしばらく上ると東山門がありそこをくぐると境内に出る。

境内の正面に本堂(阿弥陀堂)がある。本堂の長い歴史と風雪に耐えてきた古色蒼然とした雰囲気は、その前に立っていると何故かおごそかな気分にさせられる。境内には様々な古い建造物がある。梵鐘と鐘楼、六角堂、大師堂などが周辺に配置されている。

また弘法大師五鈷掛の松がある。これは弘法大師が中国から帰国の際、三鈷と五鈷を投げたとされているが、三鈷は高野山の松にかかり、五鈷が国上寺のこの木にかかり真言道場になったとされている。

hondo_pic1.jpg 国上寺本堂

縁起 : 当山は、元明天皇和銅2年(709)に越後一の宮弥彦大神の託宣により建立された、越後最古の古刹です。上杉謙信公、長岡市の牧野公の祈願寺として、往時の隆盛を極めました。格式としては、孝謙天皇より御宇にて正一位を賜り、北海鎮護仏法最初の霊場として信心のより所とされてきました。(公式ホームページより)

境内の隣に比較的新しい本堂と同じ位の建物があり方丈講堂という。そこから西山門を出ると、越後の国の酒呑童子伝説にまつわる井戸がある。この井戸は顔写しの井戸と言って、彼がここ顔を写し鬼になったしまたことを知るというものだ。弥彦村では酒呑童子の祭りが行われるそうだ。バス停傍の飲食店の壁に祭りのポスターが貼ってあった。

越後国の酒呑童子伝説 : 平安時代(8世紀)に越後国で生まれた彼は、国上寺(新潟県燕市)の稚児となった。12, 3歳でありながら、絶世の美少年であったため、多くの女性に恋されたが全て断り、彼に言い寄った女性は恋煩いで皆死んでしまった。そこで女性たちから貰った恋文を焼いてしまったところ、想いを遂げられなかった女性の恨みによって、恋文を燃やしたときに出た煙にまかれ、鬼になったという。そして鬼となった彼は、本州を中心に各地の山々を転々とした後に、大江山に棲みついたという。(境内の掲示板とWikipediaより)

五合庵
顔写しの井戸から急坂を下りしばらく行くと良寛が寛政5年(1793年)頃から20年間住んだと言われている五合庵に着く。この場所は、もとは国上寺本堂を再建した客僧「萬元上人」が住んでいて毎日米五合を給されていたことに由来してこの名が付けられた。

gogoua_convert_20091128182106.jpg 五合庵

その後、良寛が玉島(岡山県倉敷市)の円通寺で厳しい修行を終え、各地の名僧を訪ねて研さんを重ねたのち、越後に戻りこの庵に住み着いた。誠に質素な佇まいで、周りは今でも木々に囲まれ静かで淋しい場所であるのに昔はどんなに孤立無縁な場所だったのだろう。

世をはかなんで方丈に移り住んだ鴨長明もこういった場所に住んでいたのだろうと考えてしまった。一般的な意味でどんな娯楽もない。限られた書物しかない。読経と瞑想の日々を20年間過ごして来た。それだけで感心してしまうが、大体昔の僧侶という人達はそういった生活が普通だったのかもしれない。

五合庵のすぐ傍に千眼堂吊橋がある。ここを渡りかなり長く急な坂をあがると朝日山展望台に出る。バス停はこのすぐ横にある。15時10分発の燕三条行きのシャトルバスが来るまで時間があったので、飲食店で腹ごしらえをしようと入った。

1_convert_20091128181308.jpg 千眼堂吊橋 

良寛うどんというのがあった。豚汁の豚の変わりに鮭が入っているのが良寛汁という。その中にうどんが入っているものだ。良寛とどういう関係があるか分らないが、珍しいのでそれを頼んだ。

そのうちにバスが来た。乗客は5、6人しかいなかった。こんな交通手段のない所に皆どうやってくるのだろうと思ってしまう。シャトルバスは1時間で燕三条に着いた。本数の少ない弥彦線に乗り換える手間がなくて楽な思いをした感じだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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