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ももバー

1月22日(金
 18時からいつもの「楽屋」でももバーが行われた。待乳山聖天から浅草駅まで思ったより時間がかかった。浅草は銀座線が始発だからその点混んでいる電車に乗らなくてもいいから楽だ。「楽屋」にはこの場所を手配してくれている男性とその奥さん、そして彼の友人だという始めて見る70過ぎ位の男性が先に来ていた。

gaikan_convert_20100123195807.jpg紹介されて始めて70過ぎの男性が橘屋円蔵であることを知った。といっても顔を見てすぐには分らなかったし、円鏡という名では、テレビのCMとかでもよく出ていたので知っていたが、円蔵と言われてもピンと来なかった。また年齢も加わり容貌も昔見た時と比べるとかなり違っている。

橘屋圓蔵は、1965年真打に昇進し5代目月の家圓鏡を襲名した。7代目立川談志、5代目三遊亭圓楽、5代目古今亭志ん朝と共に、落語四天王と呼ばれた。そして1982年8代目橘家圓蔵を襲名したということだ。

ももの木の掲示板で円蔵が来るかも知れないという事が書いてはあったが、まさかくるとは思わなかった。末広亭の裏にある「楽屋」というだけあって落語家の出入りはかなりあるが大御所の円蔵が来るとは驚いた。

 円蔵は言う。昔ボランティアに誘われた事がある。その時は自分の家のロ-ンだけでなく兄弟姉妹のローンも引き受けていた。40歳までは自分のために稼ぐがそれ以降はボランティアでも何でもするとその時答えた。今だったら何処にでも行く。そういったことで、田中医師が持ってきた金集めの話に協力することになった。

その話とは、倉敷に住んでいる20歳の中国人の女性で、両親と共に1年前に中国から来て、親は中華料理屋をやっている。本人は日本語学校に通っている。骨髄異型性症候群で骨髄移植をしなければならない。しかし国内では骨髄バンクでもドナーが見つからず、臍帯血でも一致するものがなかった。唯一台湾でHLAが一致したドナーが見つかったが、費用が200万円ほどかかる。その費用をどうしようかと頼まれた田中医師は頭を悩ませている。

 会話が一段落して、円蔵師匠が小話をしてくれる事になった。客はももバーに来た6名しかいないのでもったいない気がするがやってくれるというので皆集中した。「家を建てる時には建てる大工に惚れなければいけない。医者の治療を受ける場合は医者に惚れなければいけない。どうも信頼できないな、なんて思っていたら治る病気も治らない・・・」といった調子で、20分ばかり話してくれた。

落語家の話、それも円蔵といったベテラン中のベテランの話を間近で聞く機会など全くない。稀有な経験が出来たことはうれしいことだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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こんな形で落語がきけるなんて、うらやましい!
私も聞きたかったなぁ。

「楽屋」を紹介してくれた人は、患者会の人で、放送作家をしていた。「楽屋」に昔、よく出入りしていて、円蔵と知り合いになった。その人が円蔵を連れてきて皆の前でちょっとやってくれと頼んだということだ。そんなに動き回っているわけではないが、色々な所に行くと様々な出会いがありそれが人生を豊にしてくれるような気がする。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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