スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バッハの曲

1月28日(木)
石田衣良の『池袋ウエストゲートパークⅡ』の「水の中の目」に次のような言葉があった。「あんたには、なにを聴いたらいいかわからないとき手が伸びるCDがあるだろうか。おれにはある。グレン・クールドがピアノで弾いたJ・Sバッハだ。」グールドを趣味とするとは、どう見ても石田衣良はクラシック音楽のマニアだ。『池袋ウエストパーク』の中で、彼が考えを巡らす時に聴くクラシック音楽の幅の広さは彼のクラシックの造詣の深さを感じさせる。

51KMI.jpgグレン・グールド演奏するバッハに一時期どれ程傾倒しただろうか。彼のバッハの演奏曲はほとんど買い集めた。グールドの淡々とした無機質な演奏に惹かれた。楽譜に書かれた一つ一つの音に愛情を持って区切るように弾く。音に感情を込めない。乾いた音はその本質を垣間見せてくれる。

グールドのピアノ演奏は、各声部が明瞭で、一つ一つの音は明晰であり、多くはペダルをほとんど踏まない特徴的なノン・レガート奏法であった。左手のみならず全ての指に独立性を持たせていた。一つ一つの音が独立していて、その音が一つの奔流となって一体化して曲を作り上げる。

右の写真はクールドの「フーガの技法」のDVDのジャケットだ。珍しくパイプオルガンで弾いている。この演奏もかなり気にいっている。オルガンでも一つ一つの音を区切るように弾く。それが面白い。

大体いつも聴く音楽はバッハの曲が多い。「フーガの技法」「フランス組曲」「平均率クラビア曲集」「ゴールドベルグ変奏曲」などよく聴いている。もちろん演奏はグールドだ。ピアノやオルガン曲ばかりではなく、「管弦楽組曲」「ブランデンブルグ協奏曲「音楽の捧げ物」「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・パルティータ」など有名な曲も当然聴いている。バッハの音楽を趣味にしている人とはあまり遭遇しない。何故だろう。

バッハの曲の作り方の方法として対位法がある。対位法は二つの主題を重ねていく方法で、一般的な曲の理解としてハーモニーとメロディが音楽だと思っているが、原始的な音楽はメロディのラインが基本だった。バッハは対位法で、水平なメロディと垂直なハーモニーを融合させた。

今の曲にはドラマがあり、ドラマを作り出す対照が不可欠だが、バッハの音楽にはドラマティックな対照が無い。それがある意味でバッハの曲は音そのものを堪能できる事になる。曲が聴く人の感情を生み出していくのではなく、曲に自分の感情を移入させることが出来る。

バッハの曲を聴きながら、心や思考をそれに投影し曲の進行に合わせて心の動きや考え方を整理していく。一般的に曲は一つのメッセージを提供する。しかしバッハの曲は何も提示しない。それは白紙のキャンバスだ。何を書くかはバッハの曲を聴く人の心の中にある。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。