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「あきらめろ、しかしあきらめるな」

1月30日(土)
「病気に対して、どうやって打ち勝ったのですか。」といった問いが、「いのちの授業」の時、生徒から発せられた。どういうふうに答えたらいいのか。

家族とか友人、医者、看護師の励ましや優しさ、相部屋の同じ病気の患者たちの生きたいという想いを受け止めながら生きようという気持ちがかきたてられたいった。また生きたいと必死で格闘しながら亡くなっていった人達の分まで生きようとする想いが生きる力を与えてくれた、といった事が治療を頑張ってやり抜き治りたいという気持ちを強めていったのは確かだろう。もちろんそういった面は当然あるが、私は生徒たちに次のように話した。私の答えはある意味で生徒たちの期待とは全く違ったものだったに違いない。

 「私が親しく付き合っていた整体(カイロプラクティック)の先生がいます。その息子が同じ仕事をしていて、たまに腰の調子が悪い時に治療に通っていました。彼の娘が3歳の時に白血病にかかりました。彼は妻に言ったのです“あきらめろ、しかしあきらめるな”と。病気になったことはもうどうしようもない。それは受け入れる他ない。しかし治療をし、治すことには最善を尽くそう、ということです。まずがんになったということを受け止めることだという示唆は、大きな発想の転換になりました。

病気になることは人生にとってマイナスのことであるのは紛れもありません。しかしそれを人生の中で新たな生き方を見出していく転換点にしていけるかどうかが問われていると思います。
 
 “宿命転機”という言葉があります。がんになったという逃れられない現実をどう受け止めていくのから全ては始まると思います。通常の人生は、日々全く同じ仕事の繰り返しで波風も立たず平々凡々と何の疑問もなく、何の変化もなく過ぎ去っていきます。がんの発病は、そのささやかな日常性を根こそぎ奪い、全く違った人生の生き方を、強制してきます。本人の意志とは全く無関係に進行する事態であるからこそ「宿命」と呼ばれるのでしょう。

その宿命をどのように自らの新たな生き方の転機にしていけるか。それはがんであるという現実と向き合うこと、宿命を受け止めることそこから出発するほかありません。がん患者となり、今までと同じように仕事は出来ず、生活のスタイルを変えざるを得ません。

しかしそれを単に否定的なものとして受け止めるのではなく、逆にその中に自分の新たな生きがいを見出していけるかどうかがその人の人生にとって最も重要なことなのです。良くも悪くもそこを人生の新たな出発点としなければなりません。

 一般的に我々は、ともすれば決められたレールの上を可もなく不可もなく走り続けているようなそういった人生を歩んでしまいがちです。それは確かに楽な道かもしれません。しかし、人生には幾つかの転機があります。

今までがむしゃらに走り続けた人生を、病気になることで一旦立ち止まり振り返る機会を与えられたと考える事が出来ます。その時本当に自分らしく生きるとはどういったことか考えざるを得なくなるのです。そこに本当の自分の生き方が見えてくるものです。

“ガンと闘うなんて言っちゃダメですよ。闘うとガンにはかないませんから。ガンと仲良くして、共に生きる位の気持ちでいるのがいいですよ”というがん患者の言葉を聞きました。がんと闘うという気持ちでなく、がん患者であるという現状を前提とし、その状態を受け入れながら、その中で自らの生き方を模索していく中で、新たな生き方への転機を見出していく事が出来ると思います。」

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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