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神田明神、湯島聖堂

2月3日(水)
神田明神
湯島天神を後にして、御茶ノ水方面に向かう。清水坂を下り蔵前通りを突っ切り、本郷通りを左折すると神田明神の大鳥居が聳える。そこから仲見世通りあり、左右に5,6件店が並んでいる。鳥居の下の所の甘酒屋の前に人が集まっていた。天野屋という有名店らしい。「この明神甘酒は、当店の地下6mの天然の創業当時からの土室より作り出される糀をもとに、さらに手を加えて生成し熟成を待って作り上げられたものです」と書いてあった。

随神門をくぐると境内が広がっていて、目の前に神殿が鮮やかな朱色の雄姿を見せる。神田明神では14時から豆まきをやったらしいが、時間的には無理だった。境内の右側には神楽殿があり、5月には狂言、能の舞台があるようだ。左側には大国尊像、恵比寿尊像があり、鳳凰殿 の1階は神札授与所・参集所、休憩室となっている。

湯島天満宮038_edited_convert_20100205122028 随神門

湯島天満宮055_edited_convert_20100205122827 神殿

神田明神の正式名称は神田神社という。神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、築地魚市場など108町会の総氏神で、祭神は3柱あり、一ノ宮:大己貴命(大国)、二ノ宮:少彦名命(恵比寿)、三ノ宮:平将門神(平将門)である。

730年に創建された。江戸の大規模な造成のため、元和2年(1616)には江戸城の表鬼門にあたる現在地に移転し、江戸総鎮守に相応しい壮麗な桃山風の社殿が幕府により築かれた。そして江戸三大祭りの一つ神田祭は天下一の祭礼としての意味をこめ、天下祭(御用祭)とも呼びならわされ、江戸市中を挙げての祭礼として盛大に執り行われた。当時は、華麗な山車が延々と36台以上も続いて江戸城に入り、将軍をはじめ大奥の女性に至るまでが上覧し、贅を尽くした祭礼は二年に一度の風物詩であった。

神殿の裏を回ってみると幾つかの碑があり、ずらっと神社が並んでいる。銭形平次の碑、国学発祥の碑、籠祖神社、末廣稲荷神社、三宿・金刀比羅神社、浦安稲荷神社、江戸神社、大伝馬町八雲神社、小舟町八雲神社、水神社(魚河岸水神社)といった具合だ。

江戸周辺の神社を集めて、神田明神に来れば全て御参りできるという訳だ。こういった神社の集め方は興味深い。しかしこのように並べられてもあまりご利益を感じられない。神田明神の目の前に湯島聖堂がある。寄ってみる事にした。

湯島天満宮052_convert_20100205122729  湯島天満宮051_edited_convert_20100205122635  湯島天満宮050_edited_convert_20100205122549
 銭形平次の碑            籠祖神社              末廣稲荷神社           


湯島天満宮049_edited_convert_20100205122512  湯島天満宮047_edited_convert_20100205122423  湯島天満宮046_edited_convert_20100205122347
 三宿・金刀比羅神社        浦安稲荷神社            江戸神社


湯島天満宮045_edited_convert_20100205122312  湯島天満宮044_edited_convert_20100205122234  湯島天満宮043_edited_convert_20100205122152
 大伝馬町八雲神社         小舟町八雲神社          水神社(魚河岸水神社)


湯島聖堂
1690年(元禄3年)、徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、林羅山の上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた孔子廟「先聖殿」を移築し、先聖殿を「大成殿」と改称し、またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。これが湯島聖堂の始まりで、その後およそ100年を経た1797年(寛政9年)幕府直轄学校として「昌平坂学問所」を開設した。

湯島天満宮066_edited_convert_20100205123554 聖堂入口

湯島天満宮060_edited_convert_20100205122906 大成殿

湯島聖堂構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものである。

湯島天満宮063_edited_convert_20100205123016 孔子像 


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