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がん治療とは長く細い道を辿ら
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治療・病状日誌
原発性マクログロブリン血症という血液ガンに罹り、2005年12月に入院し2回の移植を行ったが再発し、自宅治療をしていたが10月24日再入院し12月28日退院した。その後通院で治療を継続している。治療経過・病状・日々感じたことを日記として綴ってみたい。
入院日決まる、六義園
12月6日(木)
 外来での診療だ。今日の血液検査によって入院日が決まる。検査の結果、血小板数は6.4に上昇し、ベルケード療法第2サイクルを行うことが可能になった。白血球は1900、ヘモグロビンは8.7とあまり変化は見られない。入院日は12月10日、月曜日となった。3週間の入院となる。但し正月があるので30日あたりに退院となるだろう。医者の診察受け、入院手続きをした。

 秋晴れの上天気で、朝は寒かったが12時近くになって気温が上がり、ウォーキングに最適な陽気だ。病院裏から天租神社の境内を突っ切り富士神社の前を通り本郷通りに出て、六義園に向かう。天租神社のイチョウが紅葉しあたり一面黄色の洪水といった感じだ。スタジイと楠木の深緑色の葉が黄色にアクセントを付けている。本郷通の銀杏並木も黄色く色着き町並みを明るくしている。

20071206-00000021-jijp-soci-view-000.jpg 六義園は病院の行き帰りに何度か行ったことがあるが、季節ごとに様々な色使いをみせている。前に行った時はつつじの時期だった。つつじのピンクが大名庭園を淡く彩っていた。六義園は季節ごとに楽しめるように色々な木々が植えられている。

 春:サクラ(シダレ、ソメイヨシノ)、ツツジ、ヤマブキ、ミズキ、サツキ、エゴノキ、コブシ、夏:キブシタイサンボク、モクゲンジ、ハギ、アジサイ、ムラサキシキブ、秋:紅葉(ハゼ、モミジ)、冬:ロウバイ、ツバキ、ウメ

 しかし何といっても紅葉の時期が最高だろう。かなりの数のもみじ植えられ、そのもみじが日照時間と日当たり具合によって様々な色の変化を作り上げている。緑の葉色から濃い朱色まで何通りもの様々な色の変化がある。同じもみじでも紅葉の色が同じではない。黄色く紅葉したもみじもあった。真昼間の燦々と降りそそぐ太陽光線を通して見る紅葉は一層色を鮮やかに輝かせる。紅葉の葉の色を語るとき赤、黄、橙などと表現するが自然の色とはとてもそれだけでは表現できない微妙なものである。

 日本の伝統色は赤でも何十種類もある。えんじ色、柿色、唐茶、かんぞう色、中紅、深紅、緋色、朱色、猩猩緋などある。黄色でも、う金、黄土色、落栗色、黄朽葉色、黄はだ色、山吹色、雌黄、刈安、黄支子などある。日本の伝統色の色表現は、紅葉の葉の様々な変化を表現したり、日本の自然を表現するのに適しているのは間違いない。

 何年か前、夕方行って、公園を回りながら夕日で照らされる紅葉を見ていたら、しばらくするといつの間にか暗くなり、紅葉が一斉にライトアップされ、それもまた昼間の光で見るのと違って幻想的で奥深い雰囲気を作り出していた。夕方寒くなり始めてきた時に売店で熱燗が売られていたのは嬉しかった。熱燗で身体を温めながらライトアップされた紅葉を見物するというのもなかなか経験できるものはない。

歴史:六義園は元禄8年(1695年)、五代将軍・徳川綱吉より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳沢吉保自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「回遊式築山泉水庭園」を造り上げました。
 六義園は吉保の文学的造詣の深さを反映した繊細で温和な日本庭園です。
庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の「詩の六義」、すなわち風・賦・比・興・雅・頌という分類法を、紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来します。(「公園に行こう」より)


テーマ:雑記 - ジャンル:日記

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