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柴又帝釈天、矢切りの渡し

2月14日(日)
新松戸に住んでいる友人の所に15時頃訪問する事になっていた。朝起きると外は快晴で、春のように暖かい日差しだった。松戸近くの郊外を散歩するのもいいだろうと考えながら、ふと帝釈天のことを思いついた。金町で降りて、柴又帝釈天と矢切の渡しに寄っていく事にした。「私、生まれも育ちも葛飾柴又、帝釈天の産湯を使い・・・」の寅さんの口上で有名な帝釈天だ。

参道と仲見世
西日暮里で千代田線に乗り換えて、金町で降り京成線で一つ目の柴又で降りるとすぐ目の前に“帝釈天参道”というアーチがかかっている。そこから仲見世が続いている。寅さんの映画の主要な舞台となっている仲見世の見学も一つの目的だ。

柴又003_edited_convert_20100215101413 帝釈天参道入口

仲見世の三十数軒ある店は、食事処、土産物店、甘味処、あられ・せんべい店、草団子、くず餅、飴屋、漬物・佃煮店など手作りが特徴の店が多い。川千家という店は川魚料理、鰻などで有名だということを後で聞いた。草団子が名物らしく幾つかの店で売っていて、食べながら歩いている人も何人か見かけた。参道入口から帝釈天まではすぐで、参道の正面に二天門が姿を現す。

柴又帝釈天(日蓮宗・経栄山題経寺)

今から300年程前の寛永年間に開創されたと伝わる。千葉県中山法華経寺の門末。境内には、総欅造りの二天門や大鐘楼、帝釈堂などがある。帝釈堂正面に瑞龍の松があり、天井には龍の画が描かれ、奥に毘沙門天像や板本尊が収められ、喜見城(内殿)の外周面は法華経説話を表す欅材の木彫群に囲まれている。そして奥には桧造りの大客殿と邃渓園がある。

二天門、帝釈堂、祖師堂

二天門の古色蒼然とした佇まいに歴史の重みを感ずる。柱上の貫などある浮き彫りの装飾彫刻の精巧さにも目を奪われる。この門は明治29年(1896年)の建立された入母屋造瓦葺の楼門で、屋根には唐破風と千鳥破風を付していて、一層目の左右には四天王のうちの増長天および広目天の二天を安置している。

柴又023_edited_convert_20100215101717 二天門

二天門をくぐると帝釈堂が境内正面に位置している。帝釈堂の前には「瑞龍の松」が枝を広げている。手前の拝殿と奥の内殿から成り、内殿には帝釈天の板本尊を安置し、左右に四天王のうちの持国天と多聞天(毘沙門天)を安置している。

柴又008_edited_convert_20100215101459 瑞龍の松と帝釈堂 

帝釈堂の内殿は彫刻ギャラリーとして保存のためガラスの建物に収められていて見学は、庭園、大客殿と合わせて有料となっている。帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が見事である。

これは法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年)にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作したというもので、その緻密さ、精巧さは当時の彫刻技術の高さと、彫刻家の熱意を感じさせるものであった。

柴又021_edited_convert_20100215101645 胴羽目板の法華経説話の浮き彫り

帝釈堂の隣に本堂がある。祖師堂と呼ばれている。あまり目立たないが、祖師堂が日蓮宗寺院としての本来の本堂であり、本尊は大曼荼羅である。

柴又014_edited_convert_20100215101611 本堂(祖師堂)

大客殿と邃渓園(すいけいえん)
帝釈堂、祖師堂の裏に大客殿がある。昭和4年の完成。東京都の選定歴史的建造物になっている。座敷4室は左右1列に並んでいる。一室には雛人形の壇飾りが置いてある。部屋の手前には庭に面しガラス障子を立て込んだ廊下がある。庭園を眺めるのに最適な位置には物見台が設けられている。そこではテーブルと長い椅子が置かれ、お茶の無料サービスを行っている。

座敷のうちもっとも奥に位置する「頂経の間」の「南天の床柱」は、日本一のものといわれ、直径30センチ、滋賀県の伊吹山にあった樹齢約1500年の南天の自然木を使用したものである。

邃渓園は大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965年)完成。向島の庭師永井楽山の設計による。楽山は戦前からこの庭作りを手がけ92歳で没するまで手をかけていった。庭の周囲には屋根付きの廊下が設けられそこを周遊しながら鑑賞する事ができる。大客殿と庭園が冬の暖かい陽だまりの中に横たわり、その穏やかな安らぎに身を任せたいといった気分にさせてくれる。

柴又017_edited_convert_20100215101538 邃渓園と大客殿

矢切りの渡し
帝釈天を後にして矢切りの渡しに向う。5分位で江戸川の堤防が見える。堤防を越えると広い河川敷が広がっている。この河川敷は京葉道路まで続いていて広い面積を生かして運動場、野球場、緑地、公園等に使われている。

矢切りの渡しは都内に残された唯一の「渡し」で、現在は渡しとしての役割はもはやなく、観光用に土日祭日に運行している。舟は江戸川を対岸まで渡る。情緒豊かな手漕ぎ舟だが、この舟にはモーターもついている。少し興ざめだが、これは流れが早かったり、風が強かったりした時に使うそうだ。

柴又036_edited_convert_20100215101827 矢切りの渡しの船着場

舟に乗っている時間は5分位なものだ。真冬とは思えない暖かな日だったので、舟に乗っていっても全く寒さを感じなかった。これは本当に幸運だという気がした。対岸の船着場の周辺には土産物屋あるが、他に何もないので、来た舟で引き返す以外ない。夏だったら、冷たい飲料水やビールなども売っているのだろう。木陰でゆったりとビールでも飲みながら時間を過ごすのもいいかもしれない。

時間があったので矢切りの渡しから、水戸街道まで川沿いを歩いていった。ジョギングのための遊歩道があり、自転車用に作られた「江戸川サイクリング道路」が堤防に沿って延々と続いている。ゆっくりと川沿いを歩き20分位で水戸街道にぶつかる。金町駅には水戸街道沿いに行くと10分位で着く。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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