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生老病死

2月18日(木)
デキサート(デキサメタゾン)の点滴をした夜は、ステロイドの副作用としての覚醒作用でサリドマイドを飲んではいるがなかなか寝付けない。眠るのが無理だと思っているから遅くまで起きている。バッハの「平均律クラビア曲集」を聞きながら「いのちの授業」のM氏の原稿を読んでいる。その中で「生老病死」という言葉が書かれていた。

辞書には「四苦は生老病死、つまり生物として避けられない必然的な苦しみであり、八苦はそれに四苦をプラスしたものである。すなわち、愛別離苦(愛するものとはいつか必ず別離せねばならぬ)・怨憎会苦(いやな人や事件に会わねばならぬ)・求不得苦(欲しいものが思うように手に入らぬ)・五蘊盛苦(身心を形づくる五つの要素から盛んに起こるもろもろの痛恨事)」と書いてあった。

M氏の原稿から勝手に引用させてもらう。「生老病死」を数字で表してある。
「生」・・1946年の270万人をピークに、現在109万人
     人口ピークは、2006年の12774千人
「老」・・65歳以上、22%  (0から14歳)13%
「病」・・がん罹患者数63万人
「死」・・1975年の70万人がミニマム。現在の年間死亡者数114万人
     人口10万人当たり、全がん…267人 血液腫瘍…17人
     2008年にがんで死亡した人は342,963人


このような統計数字は、普通の人にとって全く意味を持たないのは確かだ。しかしがんを宣告され治療を継続している患者にとって生老病死という言葉は限りない意味を持つだろう。

「生」 死を垣間見た時、生きていることその事自体が意味を持ってくる。生きていることが感動を与え、世の中を見る目が変わって来る。

「老」
 年齢を重ねる事に何の問題があるのだろうか。がんを宣告された事によって否が応でも自分の残りの人生をどうやって生きていこうとするのか選択ざるを得ず、自覚を持って生きていける。

「病」
 ガンになって今までの人生を捉え返し見直していく転機となっていく。社会的なくび木から離れ自己自身と向き合い新たな人生を歩む事が出来る。

「死」
 死は恐ろしいイメージがあるが誰も経験した事がない。死を語ることは出来ない。今の人生を精一杯生きれば死はむしろ成就の結末であって苦ではない。がんになってむしろ漫然と生きてきた人生を見直し、限りあり人生を自覚することによってそれは可能になるだろう。

永平寺の門前の石碑に刻まれていた道元の言葉を思い出した。「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて、すずしかりけり」 あるがまま生きること、これが人が生きることの本質だと思った。それで悟り啓こうとは思わないが、ガン患者としてはがんになったということを受け入れ、それと共存する位の気持ちで人生を生きていく以外ないだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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