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芝増上寺

3月14日(日)
慶応義塾大学三田キャンパスで、昨年に続いて「血液のがんと共に生きていくために」という内容で市民公開講座が行われた。市民講座は13時からだった。天気も良かったし、家にじっとしているのも落ち着かない。早めに家を出て近くの芝増上寺に寄ってみる事にした。

池上本門寺にいった時にポスターが貼ってあった。「東海道寺社巡り」というもので、鶴見にある曹洞宗大本山總持寺、真言宗智山派大本山平間寺(川崎大師)、日蓮宗大本山池上本門寺、そして浄土宗大本山増上寺の4寺院を訪ねていくコースが紹介されていた。

4ケ所とも宗派が異なり、また大本山であり、宗派の特徴を見る事が出来るというものだ。近場の増上寺に行った事がなかった。芝公園や東京タワーには行ったことがあるが増上寺は初めてだ。

都営三田線の御成門駅の階段を上がり、増上寺方面に向うとすぐ右に古い門がある。有章院霊廟二天門である。有章院霊廟は第7代将軍、徳川吉宗が享保2年(1717)建立したもので、日光の東照宮に劣らぬといわれるほどの豪華なものだったらしい。しかし、東京大空襲によりこの二天門を残して焼失した。二天門の左右には北方を守る多聞天、西方を守る広目天が安置されている。浅草寺の二天門には南方を守る増長天と、東方を守る持国天があり2つの二天門は関連しているのだろう。

芝増上寺002_edited_convert_20100315155521 有章院霊廟二天門 

増上寺(浄土宗大本山三縁山広度院増上寺)
縁起:増上寺が開かれたのは、明徳四年(1393年)、浄土宗第八祖聖聡上人によって開かれた。場所は武蔵国豊島郷貝塚、現在の千代田区平河町付近と伝えられている。室町時代の開山から戦国時代にかけて、増上寺は浄土宗の東国の要として発展していく。徳川家康が関東の地を治めるようになって、徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれた。慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕府の成立後には、家康の保護もあり、増上寺の寺運は大隆盛へと向かって行った。増上寺は上野の東叡山寛永寺(天台宗)と共に徳川将軍家の菩提寺である。


二天門から日比谷通りをしばらく歩くと巨大な三門がある。道路の反対側に行かないと全体が分らない位だ。日曜日だということもあって観光客で賑わっている。東京見物はとバスツアーなどだろう。外国人観光客もかなりいる。上毛電鉄といった旗を持った添乗員が集合を呼びかけていた。色々な所から観光客が集まってくる。東京は見所満載なのだが、東京に住んでいると殆ど見物していない。

この三門は、東京都内最古の建築物で、正式名称を三解脱門という。元和八年(1622年)、徳川家康の助成により、江戸幕府大工頭・中井正清とその配下による建立されたものだ。

芝増上寺029_edited_convert_20100315155913 三解脱門

三門を潜ると大殿本堂が目の前にある。御馴染みの東京タワーを背景にして新旧の対比を表すかのような図柄だ。しかし実際には、東京タワーが完成したのが昭和33年(1958年)で、大殿が再建されたのが昭和39年であるから、大殿の方が新しいのだ。

大殿に上る階段は25段で25菩薩を表している。本尊は阿弥陀如来(室町期製作)で、両脇壇に高祖善導大師と宗祖法然上人の御像が祀られている。大殿は、浄土宗大本山としての根本道場である。

芝増上寺007_edited_convert_20100315155644 大殿本堂

大殿の右側に西向観音があり、観音像を中心に千躰子育地蔵尊がずらっと並んでいる。子育て安産に霊験あらたかとされる西向観音にちなみ、子供の無事成長、健康を願い作られたものだ。

芝増上寺014_edited_convert_20100315155800 千躰子育地蔵尊

大殿の裏には徳川将軍家墓所があり、その入口となる門は旧国宝で「鋳抜門」とよばれ、もと文昭院殿霊廟(六代将軍 徳川家宣公)の宝塔前の中門であったものだ。青銅製で左右の扉に五個づつの葵紋を配し、両脇には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている。

芝増上寺016_edited_convert_20100315160118 鋳抜門

昼下がり、気温は上がり汗ばむほどだった。春めいた陽気で風も気持ちいい。芝公園駅まで行ったが1駅だけなので、市民講座の会場、慶応義塾大学まで散歩がてら歩いた。歩いても15分位だろうと思って歩き始めたが、予想以上に時間がかかってしまった。最後には汗をかきながらやっと到着した。
(参考資料:増上寺ホームページ)

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