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文京区散歩-7 本郷通り寺巡り

12月13日(木)
 東京の紅葉の見頃は今週一杯だと言う。それまでにもう少し紅葉を楽しもうと思った。ここら辺で紅葉があるといえば寺院に限る。前回は団子坂通りを本駒込に向かって右側を見て回った。昨日は天気もよく暖かだったので午前中に出かけた。団子坂通の左側を回ろうと思った。

常瑞寺
団子坂を本駒込の方に歩いていくと殆ど目立たない質素で寂れた建物があった。それが常瑞寺(真宗大谷派)で入口右に庫裏。左に本堂、裏は墓所である。全体的に暗くどうやって経営しているのだろうと考えてしまう。ただし山門右手の建物は常瑞寺の集会所で、一般の人も町会、選挙演説会等に貸しだしされているそうだ。

駒込寺院027_edited_convert_20100414190626 本堂

十方寺
団子坂通りと道坂通りの交差点を左に曲がると十方寺がある。ビルの谷間に挟まれ気がつかなかった。真新しいコンクリートの角柱に寺院名が書かれていた。正面に鉄筋コンクリート製の本堂があり、建物の形も寺院というのには程遠く市民化会館的雰囲気であった。左は庫裏。庫裏の奥が墓所となっていた。

駒込寺院040_edited_convert_20100414191449 本堂

大林寺
更に本郷通を上って行くと長元寺(高耀山 日蓮宗 )と大林寺(福寿山 曹洞宗)が隣接してあった。両寺院とも林の中に囲まれ最初は公園かと思った位だ。文京区保護樹に指定された大樹が茂り、イチョウ、ケヤキが見事に紅葉し、一方楠木の大木を始め常緑樹が多数あり、また長元寺にはもみじが2本ありその赤とイチョウの黄色、ケヤキの茶色、常緑樹の緑が絶妙なバランスを保ち、イチョウの枯葉が墓石に舞い散り通路を黄色の絨毯と化していた。大林寺は参道の左右に墓所があり、70m程行くと鐘楼で、そこを左折すると、正面に鉄筋コンクリート製の本堂、右に庫裏がある。

駒込寺院043_edited_convert_20100414191625 本堂
 
専西寺

長元寺から少し戻り十方寺の横の道を曲がると専西寺がある。掲示板に「地獄も極楽の私の心の中にあるのです」と書いてあった。入口入ると右も左も奥もすべて墓所。参道からすぐ鉄筋コンクリート製の本堂があり、その左に庫裏。 浄土真宗、大谷派本堂の屋根に特徴ある。イタリヤのキリスト教寺院のように丸屋根で天辺に尖塔が着いている。変わった作りだ。最近立て替えた寺院は昔の寺院のイメージとはほど遠く、自由なデザインで古いイメージをむしろ払拭することを目的に設計されているようにも思える。

駒込寺院041_edited_convert_20100414191531 本堂

真浄寺
大林寺と道を挟んで真浄寺と海蔵寺がある。両寺院とも縦に長く山門を入ると50~60mの参道がまっすぐ伸び正面に本堂がある。真浄寺の本堂も変わった作りだ。神道の建物のようで正面のこげ茶色の鉄扉の上には金色で大きな紋章が貼り付けられている。周りにお墓がなければとてもお寺とは思えない。

駒込寺院045_edited_convert_20100414191745 山門

駒込寺院046_edited_convert_20100414191826 本堂

海蔵寺

身禄行者(1676~1733)が中興の祖。彼は富士信仰の篤い人として知られている。墓所の中央に墓というより碑があり。溶岩を思わせるごつごつした岩を積み上げその上に石碑が立てられ身禄行者の墓碑銘が刻まれている。
駒込寺院048_edited_convert_20100414191938 本堂

駒込寺院049_edited_convert_20100414192015 身禄行者の墓

略歴
十方寺 浄土山 浄土宗 :円誉上人(1569~1642年)により創立された。円誉上人は慶長9年(1604)、35才の頃に湯島(上野の浅草)に源空寺を創建した。又、元和元年(1615)、46才の折り根津(現在のどの辺か不明)に十方寺も建立し、そこの住職も兼任した。十方寺はその後、(円誉上人が亡くなってから20年後の)寛文2年(1662)に現在の駒込の地へ移転して来た。

海蔵寺 曹洞宗 大智山 :天文年間(1532-1554)勝庵宗最禅師を開山として現在の和田蔵門内に創建され、その後明暦年間(1655-1657)に現在地に移転してきた。 著名な墓碑等は、江戸庶民に富士信仰を広めた富士行者身禄の墓、江戸後期の儒学者立原翠軒夫婦の墓がある。

真浄寺 泥えん山 真宗大谷派 :境内には、朝鮮開化派の先覚者で「甲申政変」を起こし上海で暗殺され、京城(ソウル)で放置された金玉均(1851~94)の遺体の一部を甲斐軍治が密かに持ち帰り埋葬した墓や、明治の哲学者 桑木巌翼(明治7年~昭和21年)、宗教家 高島米峰(明治8年~昭和24年)の墓などがある。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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