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亀戸天神社・周辺寺社巡り

5月18日(火)
両国に用があった。隅田川を越えることなどめったにない。以前から亀戸天神社の藤を見てみたかった。今まで何故か機会がなかった。5月5日に藤まつりは終っているのでもう駄目だと思ったが、最近あまり運動もしていないし少し歩くにはいいだろうと思って足を伸ばした。

亀戸天神社だけではウォーキングにならないので、江東区の観光協会で地域の観光スポットを探した。どこの区でも観光コースが設定されている。江東区の城東・亀戸地区のコースは、亀戸天神社から周辺の神社・仏閣を巡るものだった。少し変えながらコースを作った。法性寺だけは墨田区だが、コース上にあったので寄ってみた。

亀戸駅→駅前公園HANEKAME→亀戸天神社→普門院→光明寺→香取神社→境橋→天祖神社→龍眼寺→十間橋→法性寺→西十間橋→京成橋→押上駅

このコースははからずも、亀戸七福神巡りに重なっていて、七福神のうち4体と対面できた。普門院の毘沙門天はどこにあるのか分らなかったが、香取神社は本殿の横に大黒神と恵比寿神の像があった。天祖神社は水盤の所に可愛らしい福禄寿の石像が置かれていて、庭にも幾つかの石像が配置されていた。龍眼寺には布袋堂があり、また布袋尊の石像も庭に置かれていた。

亀戸七福神: 常光寺 [寿老神]→東覚寺 [弁財天]→普門院 [毘沙門天]→香取神社 [恵比寿神][大国神]→天祖神社 [福禄寿]→龍眼寺 [布袋尊]


HANEKAME’92

JR亀戸駅前にある亀戸駅前広場公園に羽のついた亀の噴水がある。親亀・子亀・孫亀がそれぞれ背中に重なった格好で、高さ3mある。羽がついているのは、「亀戸地区が未来にむかってはばたくように」願いからだということだ。亀戸だから亀がマスコット・キャラクターなのだろう。池袋だとふくろうといった具合に各地で地名にちなんだマスコットを作り上げている。

スカイツリー003_edited_convert_20100517185730 亀戸駅前の羽のついた亀の像

亀戸天神社
寛文2年(1662)九州太宰府天満宮の神職が神木飛梅の木で菅原道真の像を造りまつったのが始まりで、翌年に神殿以下、反橋、心字池などすべて太宰府天満宮に模して造らた。学問の神様として信仰を集めているほか、梅や藤の美しさは、広重の「名所江戸百景」で有名で、現在でも藤の花は有名で、「新東京百景」の一つにもなっている。亀戸天神社の藤はやはり終っていた。もはや鮮やかな紫の色彩は失せていた。ただどのように咲いていたか分る位には残っていた。

スカイツリー007_edited_convert_20100517185822 大鳥居と太鼓橋

スカイツリ-2002_edited_convert_20100517190146 藤棚

スカイツリ-2009_edited_convert_20100517185926 本殿

普門院(真言宗智山派・福聚山)
元和2年(1616)に豊島郡石浜三股城内(いまの荒川区南千住3丁目)から移転してきたと伝えられている。その移転の際に誤って梵鐘を隅田川に落としてしまい、そこが鐘ヶ淵(墨田区)の地名の由来となったと言われている。墓地には、歌人の「伊藤左千夫」がある。(写真は本堂と伊藤左千夫の墓)

スカイツリ-2014_edited_convert_20100517190534 スカイツリ-2016_edited_convert_20100517190616

光明寺(天台宗 亀命山遍照院)
創建は弘治元年(1555)と伝えられている。境内には、寛永5年(1628)という区内でも古い年号をもつ法篋印塔、延宝4年(1676)の庚申塔、寛永寺旧蔵石造燈籠、歌川豊国(国貞1786~1864)の墓などがある。

スカイツリ-2017_edited_convert_20100517190801 スカイツリ-2018_convert_20100517190847

香取神社
創立は、中臣鎌足が東国へきたとき、この亀島に船をよせて太刀をひとふりおさめて旅の安泰を祈ったことが始まりであると伝えられ、鎮祭は、天智天皇の4年(665)と伝えられる区内で最も古い神社です。また、平将門の乱のとき、俵藤太秀郷が当社に戦勝を祈り、祈願成就の後、弓矢を奉納した。この古事に因む祭「勝矢祭」が、毎年5月5日に行われている。(写真は恵比寿神・大国神の像と本殿)

スカイツリ-2020_edited_convert_20100517230308 スカイツリ-2021_edited_convert_20100517201501

天祖神社

推古天皇の時代に建てられ、聖徳太子の神体がまつられていたと云われている。また、天正年間(1573~)悪病が大流行したとき、織田信長がこの神社で流鏑馬の行事を行わせたところ、たちまち収まったので、以来病気を治す神社として有名になった。

スカイツリ-2026_edited_convert_20100517191250 スカイツリ-2025_edited_convert_20100517230847

龍眼寺 (天台宗 慈雲山無量院)(萩寺)
創立は、応永2年(1395)開山は良博。39世元珍が萩を好み、元禄6年(1963)に境内に萩を植えた。その後、明和7年(1770)住持義梅がさらに萩を増殖したので当寺を萩寺と称した。中秋のころは遊覧の人が多く集う江戸の名所の一つとなった。(写真は布袋堂と本堂)

スカイツリ-2031_convert_20100518231150 スカイツリ-2034_edited_convert_20100517191331

柳島妙見山法性寺(日蓮宗 真間弘法寺の末寺)
北辰妙見大菩薩を祀った法性寺は1492年の建立で、墨田区でもっとも古い寺院だ。古くから歌にも歌われ、多くの錦絵にもその偉容が残されている。芸術家、芸能人に縁のある寺で、境内には、「北斎顕彰碑」をはじめ芝居や落語の記念碑が多く、江戸時代から人々の信仰を集めていた。北斎が熱心に信仰し、広重も「名所江戸百景」に取り上げている。

浅草通りを亀戸方向から横十間川を越えて直ぐの所にレンガ色の5、6階建てのマンションが建っている。とても歴史ある寺院だとは思えない。このマンションの1・2階部分が柳島妙見山法性寺となっている。何故マンションになってしまったのだろうか。

業平・押上・文花・立花地域の広域避難場所計画が起こり法性寺移転の話が出た。地域住民の移転反対の対策として、堅固な建造物建設の必要性から、当時町会長であった住職の決断で「柳島妙見様の敷地にマンションを建設」との苦渋の選択をせざるを得なかったという経緯があったということだ。しかし、柳島の妙見様と古くから慕われている由緒ある寺院が、都市計画のため味気ないビルに作り変えられてしまったのは何とも残念な話だ。

スカイツリ-2038_edited_convert_20100517191536 スカイツリ-2036_edited_convert_20100517191444
(参考資料:江東区プロフィール・地域別観光スポット他より)

法性寺を出ると十間橋がすぐ傍にある。ここからがいよいよスカイツリーの見学コースとなるわけだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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虚偽は正当な弁護士業務だ !

虚偽は正当な弁護士業務だ !

 日弁連・会長:宇都宮健児は、「虚偽(詐害行為)は正当な弁護士業務だ」と主張(議決)して、懲戒対象弁護士を擁護し、これを撤回せずに、裁判で争っております。

 弁護士を指導・監督する立場にある宇都宮健児のこの行為は、不法行為を教唆するものであり、国民への背任です。

 表向きは、社会正義の実現(弁護士法1条)を強調しながらも、裏陰では、「虚偽(詐害行為)は正当だ」と指導しているのですから.弁護士トラブルが急増するは当然です。
 
 日弁連・会長:宇都宮健児らは、提訴し、勝訴するための「虚偽は正当だ」との理念を抱き、当然のように実践する人間たちだということでしょう。

 そして、組織的な権力を得ている日弁連・会長:宇都宮健児らのこの裏影での卑劣な行為を国民は知ることができず、それをとがめる手段もないのです。

 国民は、日弁連・会長:宇都宮健児らのこの卑劣な事実を知るべきであり、この元凶者たちを排除すべきです。

法曹界に正義はありません。
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