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「語りかける風景」風景画展覧会

5月24日(月)
 「語りかける風景」コロー、モネ、シスレーからピカソまで・ストラスブール美術館所蔵という展覧会を渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムでやっていた。新聞の集金人がいつもは野球場の入場券を持ってくる。しかし神宮球場で行われるチームの試合なので断っていた。今度は美術館の入場券を持ってきた。幾つかあった中で一番興味が持てそうな「語りかける風景」の入場券を貰った。雨の中を渋谷まで見に行った。

今行きたいと思っているのは、国立新美術館で行われる「オルセー美術館展2010・ポスト印象派」だが、無料の入場券は有り難い。コローは展覧会にも行ったし「真珠の女」や「モルトフォンテーヌの想い出」は気にいっている作品だ。またシスレーの風景画も好きな作品が多い。今回のような風景画だけを集めた展示会は珍しい。

この展覧会に出展しているのは、アルザス地方の中心地にあるストラスブール美術館所蔵の作品である。展覧会では、その所蔵作品から、身近な自然の風景の中に美しさを見出した19世紀半ばのコローやバルビゾン派(注)の秀作から、19世紀末の印象派のモネやシスレー、ピサロ、20世紀のカンディンスキー、デュフィやピカソに至る“風景画”の流れをテーマに分けて紹介している。

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アルフレッド・シスレー「家のある風景」     クロード・モネ「ひなげしの咲く麦畑」

 印象派を中心とした巨匠たち59作家の風景画がテーマごとに展示されている。「窓からの風景」「人物のいる風景」「都市の風景」「水辺の風景」「田園の風景」「木のある風景」の6つの章で構成されている。

「窓からの風景」や「人物のいる風景」の描写は人物画から風景画への過渡的な時代背景を感じさせる。人物画に重きを置き、風景はその背景でしかない画と、風景の中に人物を点在させる事によって、風景に広がりと深みを持たせるといった2つの手法の選択は、画家の感性の問題だろう。

「都市の風景」は産業革命後の発展し変化する都市の中で、その様子を描く作品もあったが、むしろ変化しない街の古い佇まいを描いた作品が多かった。「水辺の風景」は海を専門的に描く画家と河や池を描く画家に分かれる。海の絵には風雨に逆巻く波に翻弄される舟を描いた作品が幾つかあった。これは画家の荒ぶる心情を表したものだろうか。それとは対照的に池や河の穏やかな雰囲気は心安らぐ画家の内面なのかもしれない。

「田園の風景」は、風景画の最も基本的なテーマである。ミレー、コロー達のバルビゾン派の流れが多くの画家に引き継がれ、それぞれの個性に応じて様々に展開している有様が画の中に見られる。「木のある風景」は木の使い方の多様性を知る事になった。木を力強い自己の存在の象徴として描いたり、画面を切り分けたり、画の構図を決めるのに使ったりとキュービズムにつながる方向が示されている作品もあった。

展覧会場に次のような文章があった。「語りかける風景」の趣旨を的確に表した言葉だと思う。
「高原を吹き抜ける爽やかな風―。こんなヨーロッパの風景のイメージは、ある人にとっては憧れであり、ある人にとっては懐かしい思い出です。しかしその風景は、画家の眼差しを通して初めて風景画となるのです。つまり語りかけているのは実はその風景を選んだ画家であって、私たちはその画家が描いた作品に感動しているのですが、描かれたその風景は、それでも私たちを、遠い国への旅へと誘いつづけます」

 今日のような風景画が誕生したのは19世紀になってからだった。自然主義、写実主義の流れのなかで、画家たちは飾らない風景そのものをテーマに描き、印象派のように光や大気までをも描くようになった。また一方では、自らの心模様をそこに重ね合わせる画家も現れた。

この展覧会で興味深かったのは、デュフィやカンディンスキーなどその後全く違った画風になっていく画家の風景画が展示されていたり、画家を諦め彫刻家として大成したマイヨールの風景画があったり、ブラマンク、エルンスト、クールベなど多様な画家の風景画が見られるということだ。

ピカソの画もあった。「闘牛布さばき」という題が示すように、どう見ても牛の画でしかなく風景画とはいえないと思える作品だった。中央に牛が描かれていて、遠景に観客が小さく点のように見える。広い意味で「人物のいる風景」に入るのだろう。この画だけはベルフォール美術館からの特別出品だということだ。

風景を描く時、その対象を一旦自己の内部を通して描く事によって画家の独自の風景が完成する。天候の状態、空模様それらは画家の心象風景と重なり合いながら独自の色彩を放っていく。そこに写真と違った風景の写し方が存在する。

アルルで共同生活をしていたゴッホとゴーギャンが同じ麦畑を描いている作品を見たが全く異なる捉え方をしている。一つの風景でも画家の心の中で様々にデフォルメされ、画として描き出されるものなのだろう。そこに風景画の面白さがある。

(注)バルビゾン派(École de Barbizon)は、1830年から1870年頃にかけて、フランスで発生した絵画の一派。フランスのバルビゾン村やその周辺に画家が滞在や居住し、自然主義的な風景画や農民画を写実的に描いた。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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