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北区のさんぽみち-4 王子・豊島コース

5月26日(水)
北区観光ホームページの「北区のさんぽみち」のコース巡りを2月10日から始めた。2回目が3月31日、そして今回が3回目というわけだ。病院では何時間も座りっぱなしで過ごさなければならないということもあって、帰りに1時間から1時間半ばかり散歩するのに丁度いいと思ったのだがなか行く機会がなかった。今回は王子・豊島コースで以下の道順で歩いた。

南北線王子神谷駅→庚申観音堂→紀州神社→清光寺→豊島馬場遺跡公園→東京水辺ライン神谷船着場→神谷堀公園→東十条商店街→とげぬき地蔵→JR東十条駅

庚申観音堂
王子神谷駅の3番出口を出ると真の前が庚申観音堂だった。庚申通り商店街入口の祠の中にある。板碑型の搭で、寛文5年(1665)、「武州豊島郡馬場村」の講中(宗教行事を行なう結社の集合体)によって造立されたものだ。ここから庚申通りをしばらく歩く事になる。

王子・豊島コース003_edited_convert_20100526233953 庚申観音堂

王子・豊島コース001_convert_20100605120107 観音堂

紀州神社
バス通りに面して鳥居が並んでいる。1つは社殿の正面にあるが、もう1つは広場の入口にように建っている。敷地の半分は神社で半分は広場になっている。紀州神社は鎌倉時代後期、紀州熊野から来た鈴木重尚が豊島氏とはかり、五十太郎神社を王子村に勧請したのが始まりだという。

神社に着いた時、広場の入口の所に、責任者らしい女性目指して子供たちが何人か向って行った。神社を巡っている間に子供達は十数人になっていた。帰るときには、親に連れられた15、6人の子供達が神社に入るのが見えた。何をするのか分らないがあの広場で何かをするのだろう。遊具が置かれ、野球、サッカー禁止など禁止事項の多い公園と違って、昔の原っぱのような気分で使える空間を開放してくれているのは、遊び場の少ない子供達にとってどんなに貴重なことだろう。

王子・豊島コース006_edited_convert_20100527122236 紀州神社本殿

清光寺(真言宗豊山派 醫王山)

山門も本堂も真新しい白木で造られていた。ごく最近改築されたのだろう。北区のさんぽみちの写真は古い状態の写真だった。昔のままの方が趣があってよかった気がするがどういった事情で建替えられたのだろう。

清光寺は、源平双方から頼りにされた中世の豪族・豊島清元(清光)の開基で、一人娘が逝去したときに冥福を祈り、領地の一隅に建立したと言われている。寺院の入り口に延命地蔵尊が並べられているが、左から2番目の地蔵尊は火事で焼死した幼児の霊を弔う為に造立されたもので、右から2番目の舟形光背立像は寛永八年(1668)に造立されたものだといわれている。

王子・豊島コース009_edited_convert_20100526234210 山門

王子・豊島コース008_edited_convert_20100608001248 本堂

王子・豊島コース010_edited_convert_20100526234240 延命地蔵尊

豊島馬場遺跡公園

畿内で大きな前方後円墳が作られた古墳時代の始め頃、 北区の隅田川沿いに方形周溝墓郡が作られた。 それが豊島馬場遺跡で、100基以上もの古墳時代前期の方形周溝墓が確認されています。方形周溝墓の数基からは、日本最古のガラス小玉の鋳型が出土している。

王子・豊島コース011_edited_convert_20100527122501 遺跡公園の入口から見えるモニュメント

東京水辺ライン神谷船着場
東京水辺ラインが運行する水上バスの発着場である。水辺ラインの広報には「江戸情緒をいたる所に残す隅田川や、未来都市を思わせる東京臨海部をゆったり船で遊覧してみませんか」とある。両国やお台場のパレットタウンなどに向う「1日ゆらり旅」や「隅田川散策の旅」のコースがここを経由する。4月から10月に月2、3回この船着場経由の水上バスが運行する。川辺に立ってじっと川の流れを見つめていると何故か心が安らいでいく。

王子・豊島コース013_edited_convert_20100526234354 船着場と隅田川に架かる新神谷橋

神谷堀公園
特に変わった所のある公園ではなかった。中央に小高い山があり、岩から滝が落ちる池が造られている。なかなか趣のある公園だ。この公園はかつての「甚兵衛堀」の跡で、神谷堀とも呼ばれていた。昔この地は湿地帯で、大雨や洪水の時には田畑に大きな被害が出た場所だ。

王子・豊島コース017_edited_convert_20100526234429 公園の小山と岩場

東十条銀座商店街
「はなまるマーケット」という番組で、小笠原アナウンサーが元気な商店街を紹介する「ナイスガイ商店街」といった企画が時々放映される。その中に東十条銀座商店街始め十条周辺の商店街が紹介されていた。「都内で有数の安い商店街」がやはり注目の的だが、昔から続いている商店が多く残っていてスーパーと共存共栄しているのがこの商店街の大きな特徴だと言われている。そして安心してくつろぎながら買い物ができる商店街といった所が地元でならの良さなのだろう。

とげぬき地蔵
地蔵通りを何度か行き来して探したがなかなか見つからなかった。郵便局で聞いてみたら隣の風呂屋の横にあると言われて見てみるとあった。その風呂屋の名前が地蔵風呂というので近くにあるなとは思っていたがまさか隣接しているとは思わなかった。2、3回通り過ぎた所にあったのだ。見過ごしてしまっていた。もう少し大きな祠のようなものを想像していたからなのかもしれない。

この地蔵は、巣鴨のとげぬき地蔵の分尊だという。戦前は、この地蔵のある通りが地蔵通り商店街として賑わっていて、毎月4の日の縁日には、夜店もたったそうだ。

王子・豊島コース018_edited_convert_20100527123025 とげぬき地蔵

見守り地蔵、子育て地蔵はコースにはあったが北区観光ホームページの地図に印がつけられてなく、住所を控えてくればよかったが探しきれなかった。近くにあるだろうなどと適当に行ってもそう簡単に見つかるものではない。

コース中なかなか見つからない所に出食わすことがある。1ケ所位抜かしても何ということはないが、探し始めると意地でも見つけないと気が治まらない。やはりどこかに行くには事前の準備が必要だ。どうにかなるさは通用しない。道は何本も通っているので、1本違えば行き着けない。

しばらく前苦い経験をした。公園に14時集合だった。30分位は公園にいるということだった。駅から徒歩10分の所にある。10分位前に駅着いて歩き始めた。大体の方向は地図で見ておいた。しかし一向に目的の公園に着かない。公園にいるはずの友人の携帯に電話したが出ない。後で分ったが公園の10m位の所を2、3度通過していたのだ。

地下鉄の駅の出口を間違い、反対方向に歩いてしまっているのかと思って駅に戻り探したが見つからない。結局目的の公園に着いたのが15時近くになりもはや誰も公園にいなかった。地図をコピーする手間を惜しんだがために1時間以上無駄に歩き、目的を果たす事が出来なかった。適当に行ってどうにかなるもではないという事をつくづく思い知った。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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