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大山詣-阿夫利神社・大山寺

6月1日(火)
新宿に用があって出かけたが、このまま家に帰るのがもったいない位の上天気だった。新宿駅で小田急線の表示を見てふと思いついた。大山に行ってみようと。

佐伯泰英の『居眠り磐音・江戸双紙』の「雨降ノ山」の中に江戸庶民の大山詣の様子が詳しく書かれている。険しい石段を延々と登っていく描写があり、実際はどんなものか一度は行って見たいと思っていた。新宿からなら小田急線で伊勢原まで1時間位なものだ。

大山は古代から霊山として、江戸の庶民には福を授け災害除けにあらたかな神として信仰を集め、落語の「大山詣り」でも語られ、浮世絵にも描かれている。江戸中期、大山詣は、江戸より1泊2日と気軽だったため、江戸近郊の観光地として賑わい、参拝者は年間20万人にも及んだという。人々は雨乞い、豊漁、航海安全、商売繁盛、家内安全といった現生利益を願った。

大山へ行く前に、両国に垢離場(こりば)というものがありここで水垢離を取る。「慚愧懺悔(さアんげさアんげ)、六根清浄(しょうじょう)、大山大聖(だいしょう)不動明王、大天狗小天狗・・・」と言いながら、一週間は、ここで精進潔斎をし、それからお山へ登る。大山詣は信仰のためであったのはもちろんだが、江戸の庶民にとっては、大山詣と江ノ島詣のセットで娯楽の一つでもあった。

伊勢原駅にパンフレットが置いてあり、ハイキングコースが紹介されていた。その中の「大山寺・阿夫利神社~二重の滝・見晴台コース」で行く事にした。

伊勢原駅→バス停「大山ケーブル」→こま参道→大山ケーブル駅→阿夫利神社駅→大山阿夫利神社下社→二重の滝→見晴台→大山阿夫利神社下社→女坂→雨降山・大山寺→女坂→大山ケーブル駅→バス停

伊勢原駅から大山ケーブルまで行くバスは1時間2本しか出ていなかった。終点の大山ケーブルの駅でバスを降りたのは7,8人だった。そこからこま参道をケーブル駅まで15分位歩く。この参道は384段の石段があるそうだ。参道の両側には土産物屋や豆腐料理の店が軒を並べている。豆腐料理は昔の宿坊今は旅館になっている店で提供しているところが多い。

何故こま参道かというと大山信仰と大山の挽物技術から発達した大山独楽はこの地の特産品だからだ。「大山独楽は良く回る、世の中も良く回りますように」と庶民の願いが込められた縁起の良い独楽ということだ。また大山の湧き水(丹沢三渓)を使った豆腐も大山の名物となっている。

ケーブルカーに乗って大山ケーブル駅から阿夫利神社駅までわずか6分だ。ただ25度の傾斜だというからかなりの標高差を登る事になる。神社はケーブルカー駅からすぐだ。周りを青々とした樹木で囲まれた拝殿は、その緑の背景の中で荘厳な印象を与えるものであった。

大山001_edited_convert_20100601194433 阿夫利神社拝殿

大山002_edited_convert_20100601194546 阿夫利神社境内よりの眺望

大山阿夫利神社(関東総鎮護)
第10代崇神天皇の頃(紀元前97年頃)の創建と伝えられ、山頂に本社、標高700メートルの中腹に下社があります。「大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)」「大雷神(おおいかずちのかみ)」「高おかみ神(たかおかみのかみ)」を主祭神とし、大山山頂に立つ本社に祀られております。源頼朝をはじめ、多くの武将に厚い崇敬を受け、江戸時代には庶民の信仰を集め大山参りが盛んになりました。


拝殿の半地下に入れるようになっていてそこには地下から大山の名水が湧き出ている。殖産・長命延寿の泉として愛飲されている。拝殿の裏から大山山頂(1,252m)にある大山阿夫利神社本社への登山道の入口がある。片道90分という登りは、時間的にも体力的にも無理だと思って諦めた。

折角山に来たのだからハイキングコースを回ろうということで、見晴台に向った。往復1時間という手軽なハイキングコースだ。道はそれ程激しい起伏もなく歩き易い道だった。新緑の中をすがすがしい空気を呼吸しながら森林浴を満喫し歩みを進める。

大山030_edited_convert_20100601195240 二重の滝

大山019_edited_convert_20100601194924 二重社

10分位歩くと橋上から上下二段の滝、二重の滝を見ることが出来る。右脇には龍神を祀る二重社がある。案内板によると、滝は大山川の源流部で、巨岩が二段にわかれ、上段の断崖(ハケ)より突如として湧水し水場(ヤツボ)を形成、二段の岩壁に流れ出ずるところより二重の滝と言われる。そこから20分位で見晴台に着く。ここからは伊勢原の町が一望できる。また大山が目の前に聳え立っている。

大山020_edited_convert_20100601195020 大山

大山023_edited_convert_20100601195128 見晴台よりの眺望

再び阿夫利神社に戻り、そこから大山寺に向う。女坂と男坂があったが、男坂はケーブル駅まで直行してしまうので女坂を下っていった。寺まで15分ということで、ケーブルカーに乗る必要などないと思って下り始めた。

これがまたものすごく急な石段なのだった。女坂というからましだと思っていたがとんでもない。傾斜25度のケーブルカーの脇の道なのだから傾斜は当然のようにきつい。さらに石段が舗装されたものなどではなく、大きな石を並べた昔ながらの石段で、用心して降りないと起伏があり足をとられかねない。距離は長くはないが下るのにかなり苦労した。滑って転んで石段で頭でも打ったらと思うと慎重にならざるを得ない。その分緊張し足に余分な力が入り負担をかけることになる。

大山寺の本堂建物は古く昔からの山岳仏教の恩影を伝えてくれる。高幡山金剛寺、成田山新勝寺と共にしばしば「関東の三大不動」に数えられ、境内には六地蔵や、宝篋印塔、鐘楼などありそれ程広くない境内に色々置かれている。

雨降山・大山寺(関東三十六不動霊場一番札所)
天平勝宝7年(755年)、奈良東大寺の別当良弁僧正が開基し、聖武天皇の勅願寺となった古刹。真言宗大覚寺派に属し、京都大覚寺の別院でもあります。通称「大山のお不動さん」と親しまれ、関東三大不動のひとつに数えられています。
文永年間(1264~1274年)願行上人によって鋳造された本尊鉄鋳不動明王および二童子像は国の重要文化財に指定されています。青銅造りで高さ11メートルの宝篋印塔は寛政7年(1795年)旧大山寺境内に建立。大正3年現境内に再建される。(大山ケーブルカー・ホームページより)


大山041_edited_convert_20100601195350 本堂

大山039_edited_convert_20100601195501 宝篋印塔と鐘楼

大山寺からの下りが、またひたすら急な石段が続いている。一体何段の石段を下ったのだろうか。登りはきついが下りは大丈夫だと思っていたが、今回の急な石段の連続の下りは、膝とふくらはぎ、大腿部にかなりの負担をかけたようだ。バス停までやっと辿り着いたといった感じだ。歩くと足ががくがくするようだった。

だが登りだったらどんなに大変だろうと思う。2,3人登ってくる人とすれ違った。これは見上げた根性だと思わざるを得ない。江戸時代の人はもっと整備されていない石段を当然のように登っていったのだから、体力があればたいしたことではないのかもしれない。苦労して登ってこそご利益もあるというものだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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