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倒産争議

6月28日(月)
友人から電話があった。彼の弟が勤めていた会社が倒産したということで、聞きたい事があるということだった。弟の会社の親会社が倒産した。その関連で彼の会社も連鎖倒産した。債権者への対応などは親会社がやってくれているので、直接債権者が職場に押し寄せてくる事がないので、その点はかなり楽だ。

倒産の場合、債権者への対応、とりわけサラ金に借金している場合その対応が最重要課題とならざるを得ない。次は、会社が再建できるかどうかを判断し、清算か再建かを会社内で話し合い決めていかなければならない。様々な状況判断で再建は難しいようだ。

会社の倒産に伴い、来月一杯で残務整理を行い、7月末事務所は閉鎖になり全員解雇になる。親会社に会社更生法が適用されるかどうか不明な点があるか、友人の弟の会社はどちらにしても存続できない。

こういった状態ではあまりアドバイスする事は出来なかった。退職後の失業保険の手続きをきっちっとやってもらう事位しか言うことはない。40代半ばで、再就職と言っても厳しい状況だ。ニュースではよく放映されているが倒産、解雇という事がごく身近にもあるという事を思い知ることになった。

倒産について、昔の事を思い出した。30年以上昔のことになるが、倒産争議に関与した事がある。

NS教育社倒産争議
NS教育社不渡りを出し倒産。即職場占拠と泊り込み体制。
NS教育社倒産争議の闘いは、倒産の情報を掴むや、社長が何社かのサラ金から多額の借金を抱えており彼らが職場の什器・備品など金目の物を強奪にしに来る可能性があったので、すぐにバリケードを築き占拠泊り込みの体制に入った。業務を再開するには会社の什器備品の確保は絶対に必要なことだった。

サラ金のA社は社長の自動車を担保とし、B社は電話債権を担保にしていたが、利子など少しでも金目の物を持っていこうとして10数人で徒党を組んで職場に押しかけてきた。従業員は総評全国一般に加盟しその支援を受けて、サラ金の押しかけや連日の嫌がらせの電話攻勢などに対抗し職場を守りきった。

また社長を拉致して面倒な書類に印鑑でも押されたら困ったことになるので、社長をしばらくかくまうということまでやった。結局、サラ金も担保にとってあるものだけ諦めた。

NS教育社は、催眠教育の会社であり、雑誌に広告を載せ読者が品物を申し込み、金が振り込まれたら、教本、テープ、グッズなどのセットを送るという業務を行っていた。この本業はかなり儲かり、社長は家を買い、外車を乗り回し、連日バーやキャバレーに通うほど景気が良かった。

これに味をしめ社長が他の通信販売に手を出したが失敗し、その失敗を補おうと別のものに手を出しそれも失敗し借金を雪だるま式に増やしてしまった。主要業務である催眠法に関しては採算を上げており、それを継続維持すれば業務遂行は可能であるという判断のもと、従業員による職場の自主管理、業務の継続という形をとることになった。

組合主導で債権者会議を行った。債権者は雑誌に広告を掲載してくれる広告代理店や、教材の印刷製本会社などであった。彼らが協力してくれなければ業務の再開は不可能である。債権の凍結と、業務協力を債権者との交渉の中で認めさせ業務維持し、継続していった。しかし3年間、自主再建、業務継続を続け、様々な試みも行ったが、結局採算ベースに乗せきれなかった。

最終的には、社長宅を担保にしていた銀行との交渉を繰り返し行い、社長宅売却し、その際、組合が交わしていた社長宅の賃貸契約を外す事と引き換えに、労働債権確保、退職金、解決金も含めた金額を社長宅売却金額から出させることを銀行に同意させ最終調印に至った。

銀行との調印をもって、労働債権確保し会社を清算し3年間の倒産争議は終結を迎えた。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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