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院内患者家族交流会(おしゃべり会)

9月10日(金)
病院の改装で、交流会の場所が決まらず、日時が定まらなかったが、今まで通りの奇数月の第2金曜日に戻った。場所は血液内科病棟が元の階に戻ったので、そこの面会室を使わせてもらう事になった。新しい面会室は2部屋あり、10人位入れる方の部屋で交流会を行った。

新しい病棟は二重扉になっていて、ナースステーションを通さないと入れず、面会の相手がいればいいのだが、見学者として回る事が出来るような雰囲気ではなかった。どのように変わったか知ることは出来なかった。

少し前に入院患者に聞いたところ、昔は共有の冷蔵庫があり食料などに名前を書いて入れておくことが出来たが、今は各部屋に有料の冷蔵庫がある。しかしこれの使用料がかなり高い。1週間位の入院ならまだしも長期入院の血液がんの患者にはとても使えない。

またテレビも昔は1日3時間以上無料だったが、今は見た時間全て金がかかる。2000円のカードがあるが、朝から晩まで見ていると一日でなくなってしまう。こんな所にも患者の負担は増えてきている。

交流会に参加した患者の話は、病名の確定の難しさを考えさせられるものだった、悪性リンパ腫になって、抗がん剤と放射線治療で寛解になりその後再発もなかった。しかししばらくして手足がだるくなり、関節が痛むようになった。段々手足の痺れも強くなり、関節の痛みも増してきた。色々な医者の診断を受け、様々な検査も行ったが、どこでも身体に現れる症状の原因を説明する事が出来なかった。

結局病名が確定したのは発症から1年半後だった。膠原病の一種だということだ。病名が分かったからといって、そのまれな病気に対する標準治療法などなく、今でも様々な薬を試しながら服用している。しかし一向に症状は収まらないという状態だ。

もう1人の患者の話も似たところがある。血液検査で血小板数や赤血球数が少ない事が分かった。病名の確定のために骨髄穿刺などを行った。しかし再生不良性貧血か、骨髄異型性症候群なのかの判断がつかず、なかなか治療に入れない。そのうち輸血が必要となり、月1度赤血球と血小板の輸血をするようになった。

ドナーを待ちながら、輸血を続けていたが、やっとドナーが見つかり同種移植をした。GVHDはまだ続いているが、病気のほうは寛解状態が続いている。2001年に発症し、移植が行われたのがそれから7年後ということだ。これは病気の確定が出来なかったからなのだろう。

私の場合も眼病の発症から、病名の確定まで1ケ月半もかかった。運よくたまたま担当医が不在で、眼の細菌に関する専門医の診察を受け、眼の症状、視力の低下は細菌によるものではないかと言われ、検査をして分かったというわけだ。

若干の検査で病名が確定し、標準治療が幾つか用意されている病気にかかるということはそれなりに運がいいと言わなければならない。もちろん同じ病気でも患者は様々でその標準治療が効果を発揮するとは限らないが、それでも打つ手は残っているだろう。病名も分からず、分っても原因不明で治療法の確定していない病気の人に会うとまだいい方だと思わざるを得ない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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