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高麗・巾着田

9月17日(金)
病院での眼の治療
連日35度といった猛暑の中で、とても外出する気分ではなかった。出掛けたとしてもウォーキングで身体を鍛える所ではなく、熱中症で倒れるのが関の山だったろう。2、3日前からやっと涼しくなった。そろそろウォーキングの開始時期だ。

今日は眼科でデノシン硝子体注射の3回目を行った。眼圧も30から22になり今日は18だった。網膜の腫れも引いてきていると言われた。幾分か視野が広がってきたような気がする。デノシンはサイトメガロウイルスに対して効果を発揮しているようだ。9時予約で10時半には終了した。

病院を出ると空気がすがすがしい。少し郊外に足を伸ばしたいと思った。昨日見た花の名所案内に「巾着田曼珠沙華まつり」を9月15日から30日までやっていると書いてあった。開花は遅れているとあったが少しは咲いているだろうと思って出かけた。

池袋から高麗へ
池袋に着いたら特急のレッドアロー号が間もなく出発する所だった。臨時で高麗駅にも止まるという。いいタイミングだ。高麗駅の改札口には御丁寧に「曼珠沙華は咲いていません」と書かれた看板が立てられていた。しかし高麗まで来て、この看板を見たからといって誰だって引き返しはしない。とりあえず行ってみるだろう。

駅前にはベンチが並べられテントか張ってあり、色々な出店の準備が進められていたが営業はしていない。本来なら15日頃から書き入れ時なのだろうが、曼珠沙華が咲いてないことには客も集まらない。駅前は「曼珠沙華まつり」ののぼりや垂れ幕で飾り付けられ、18~20日の連休に来るであろう大量の観光客を迎える準備を進めていたはずだ。しかし残念ながら花は咲かなかったというわけだ。

高麗001_convert_20100917182227 高麗駅前

高麗石器時代住居跡
高麗で降りて案内看板を見るといつも気になって、行こうと思って行ってなかった「高麗石器時代住居跡」を最初に訪れた。縄文時代中期の遺跡・竪穴住居跡だ。三内丸山遺跡位の規模になると感動するが、どこの石器時代の住居跡に行っても感じるのだが、大体円い窪みがあるだけで期待したほどでないのでがっかりする。その窪みに太古の世界を感じる想像力が欠如しているのだろうか。

この遺跡は国指定史跡となっている。竪穴住居は円形で、直径が約6メートルほどの大きさであり、周囲には柱をたてたと考えられる小さな穴が十数個めぐっている。住居跡からは多数の縄文土器をはじめ、耳飾などの土製品、打製、磨製石斧、石皿、くぼみ石、石鍬、石錐等の石製品も検出されている。(現地案内板より)

高麗006_convert_20100917182335 竪穴住居跡

巾着田

住居跡から10分位で鹿台橋に着き、橋を渡り住宅の間を入っていくと巾着田に出る。高麗川沿いに川風を受けながらゆるゆると散策するだけで気持ちがいい。夏中じっと家に閉じこもっていた感じだった。曼珠沙華の群生地の入口に入園料を徴収する所がある。「現在は無料です」と書かれていた。

高麗018_convert_20100917182436 鹿台橋から見た高麗川

群生地に入って驚いた。大体咲いてないといっても1、2割はあるものなのだ。それがまだ芽が出たばかりという有様だ。群生地はただの草も生えていない野原でしかない。広い群生地の中にたった2本だけ花を開いている曼珠沙華があった。白と黄の珍しい種類だ。

高麗020_convert_20100917182550 わずかに芽が出た群生地

高麗023_convert_20100917182659

高麗028_convert_20100917182753

花はなかったが、群生地は密集した木立に覆われていて涼しく、遊歩道は散歩するにはいいコースだ。満開の時などは行列を作っている状態だから散歩なんて気分にはなれない。花を見るという目的ではなく、高麗川沿いを散策に来たと思えばいい。巾着田を半分位進んだ所に広場があり、屋台村が出来ている。地元の物産を売っていたり、飲食物を販売している。中央のテントには長椅子が並べられ、休憩所と食事場所となっている。

高麗036_convert_20100917183033 屋台広場

屋台広場

屋台村の写真を撮っていると、傍にいた店の親父が「亀屋の巾着田まんじゅう」という看板をとって宣伝してくれと言う。宣伝媒体なんか持っている訳はないが、写真を撮ることは出来る。希望通り撮ってあげた。亀屋の饅頭の中に栗が入っているのだがそれがかなり大きい、今年の栗だなどといった話の成り行きでその饅頭を買う羽目になってしまった。なかなか商売上手だ。ビールでも飲もうと思っていたが、代わりに饅頭を食うことになった。

高麗034_convert_20100917183133  高麗035_convert_20100917190512

あいあい橋
屋台村からあいあい橋まですぐだ。橋長91.2mで木製トラス構造の橋としては日本一だということだ。橋を渡ると高麗郷民族資料館がある。資料館の前の広い通りを少し行くと天神橋があり、さらに行くと往きに渡った鹿台橋に着く。天神橋と鹿台橋の間が巾着田の巾着の入口の一番狭くなっている場所なのだ。今日歩いたのは巾着田を一周して元に戻ったというコースだ。

高麗040_convert_20100917183301 あいあい橋

高麗033_convert_20100917182919 あいあい橋から見た高麗川

水天の碑、筆塚

鹿台橋から川沿いの道を高麗駅に向う。途中「水天の碑」があった。この碑は天保年間(1830~1844年)に繰り返された干ばつ、洪水などの天災や水難事故を鎮めるために、台村の人々が建立したものである。またその近くに「筆塚」があり、この塚は宿老庵貫斎翁を称えて弟子たちが建立したもので、碑文「筆塚」は勝海舟、碑の扁額「宿老庵貫斎翁」は七卿落ちの一人として有名な東久世通禧の筆である。(現地案内板より)田舎の路傍に目立たず佇む碑も曰く因縁があるものだ。

高麗047_convert_20100917183640 水天の碑

高麗049_convert_20100917183746 筆塚

筆塚の傍らに赤い曼珠沙華が咲いていた。今日見た3番目の曼珠沙華だ。

高麗056_convert_20100917183902

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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赤い花なら曼珠沙華

 こんばんは。(=゚ω゚)ノ

 やっと涼しくなってウォーキング日和になったのですが,もう日没時刻が17時台で,通院帰りウォーキングでは,時間の制約がきびしいです。
 高麗のヒガンバナは,毎年NHKニュースで見るので一度行きたいと思えど,北関東は遠い。
 ヒガンバナを三輪しか見られず,残念でした。どうも,ヒガンバナの見ごろは短いようです。サルスベリと対極ですね。

No title

高麗は西武線で1本なので行き易いということもあり、ハイキングを含めて何回か行きました。巾着田の曼珠沙華見物は3回ばかり行っています。
久々にどこかに出かけてみたいと思い立って、行き場所を他に思いつかなかったもので行った訳で、曼珠沙華が咲いていなくても、高麗川の河原を散歩する事を目的として行ったようなものです。
これからは秋のウォーキングシーズンです。MOTOGENさんの散策記を楽しみにしています。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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