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世界死刑廃止デー企画 響かせあおう 死刑廃止の声2010

10月9日(土)
「死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90」主催で死刑廃止の集会が行われた。場所は築地本願寺の集会場だ。10月10日の世界死刑廃止デーにあわせて、日本の死刑制度存置の状態に対する抗議の集会を毎年行なっている。今年は集会の後死刑廃止合宿が企画されている。また10日には、銀座から日比谷に向けてのデモ行進が予定されている。集会内容は以下の通り。

世界死刑廃止デー企画 響かせあおう 死刑廃止の声2010
■ 報告 死刑廃止に向う世界の動き:アムネスティ・インターナショナル
■ 死刑囚の表現をめぐって【大道寺幸子基金の発表とシンポジウム】
2004年に亡くなられた死刑囚の母、大道寺幸子さんが残された基金により始められた死刑囚の作品募集(文芸作品、絵画、イラスト等)に寄せられた作品の展示・紹介と、選考委員の論評。
選考委員:池田浩士・加賀乙彦・川村湊・北川フラム・坂上香・太田昌国
■ 講演:鎌田 慧(ルポライター)「死刑制度について」
■ 集会後、引き続き、夕方から「2010年死刑廃止全国交流合宿in東京」

image.jpg鎌田慧さんの講演内容
1、冤罪と死刑制度
死刑廃止の出発点は冤罪の問題だった。弘前事件や財田川事件の取材を通して冤罪が作られる構造を知るにつけ死刑制度の問題点を考えるようになった。しかし死刑制度の最も大きな問題は、死刑制度があるということが死刑を存続させているということだ。しかし制度というものは時とともに退廃し制度維持が目的になっていく。

かって死刑囚の処遇は極めて緩やかだった。舎房どうし行き来しあったり、映画鑑賞会で一緒になりお喋りしたり、カラオケなどもやったりして死刑囚同士の交流は自由だった。そういった中で色々情報を仕入れて無罪を晴らす方法を学ぶことが出来た。

以前ストラスブルグで死刑廃止世界会議に参加した事がある。参加している国は皆死刑廃止国だ。どのように廃止に持っていったかなどの暑い論議が交わされていた。しかし未だ死刑を存続している国からの参加ということでかなり肩身の狭い思いをしたことがある。法務大臣とか、法務官僚が参加して周りの雰囲気を感じてもらいたいものだ。

2、死刑の賛否
明治大学で、死刑問題について学生の前でパネルディスカッションが行なわれた。パネラーは死刑賛成論者が2名、反対論者が2名でそれぞれの見解を述べ討論が交わされた。集会の前に、死刑の賛否について学生のアンケートをとった。集会後再びアンケートをとった所、最初よりも死刑賛成が多かった。通常、死刑制度の実態、問題点が明らかになれば、死刑反対が増えるはずなのだが、この時は違った。それは最後に死刑賛成論の精神科医が言った言葉が大きく影響している。死刑存続の意義を一言で「自分の娘の命を救う」といったことだ。いかに人間がエモーショナルな存在であるかを知らされた。

3、日本人と死刑
日本人は忠臣蔵が好きなように、敵討ちの発想法が根強く残っている。それが死刑賛成派が多い背景となっているような気がする。前法務大臣鳩山が言った「日本人はいのちを大切にする民族」と。悪い事をしたら責任をとる。死を持って償うといった発想だ。

光市事件でマスコミが煽り立てた感情は敵討ち思想である。しかし制度が変われば意識が変わる。フランスでも死刑制度が廃止された時には、復活の世論がかなり強力形成された。しかし廃止から何年も経つうちに国民はそれを受け入れていくものだ。最近では復活の話はどこにも出てこない死刑制度の問題は国家のあり方の問題なのだ。

4、検察の問題

今年は大逆事件100年である。大逆罪は「皇室に対して危害を加えんとしたる者」に対しても死刑が適用されている。大逆事件を担当した当時検事だった平沼が事件を振り返って語ったことが記録されている。彼は「逮捕した中の3人は謀議にも関係しておらず全く関係ない、死刑はひどいと思った」と言っている。しかしそのまま死刑を求刑している。この3名は結局恩赦によって無期懲役になった。

この間の検察の証拠改ざんに対してマスコミは「前代未聞の不祥事」と書き立てているが、検察は昔からこんな事を平気でやっていた。それが今日まで綿々と続けられてきていたのだ。それがたまたま表面化されただけである。

5、死刑と戦争

死刑は戦争と同じ国家の殺人である。戦争では命は軍事行動の中の駒でしかなく限りなく軽く扱われる。特攻が殆ど効果がないことは軍司令部の誰もが知っていた。しかしやり続けた。海軍の上層部で戦犯で死刑になった者はいない。アジアで2000万人、日本人300万人を殺しながら、全て部下に責任をかぶせて自らは無傷で済ませた。

国家の安全のため、制度の維持のため人の命を犠牲にしていく。国家は戦争を命令し、人を殺人に駆り立てていく。この構造は死刑制度を維持、存続させる事によって人を慣らしていく。戦争の抑止力を言う。そして死刑の抑止力ということも言われる。しかしそれは何も抑止しない。

学校でのいじめは一定沈静化したか見えるが少しも減少していない。人の命は大事と学校教育では言われる。しかし実際には一人の命より国家の安全が大事だといった思想が根底にある限りそれは空しい言葉でしかない。いじめ。死刑、戦争これは同根の問題なのである。 (詳細は「FORUM90ニュース」に掲載予定)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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利己的

>死刑存続の意義を一言で「自分の娘の命を救う」といった

死刑が凶悪犯罪の抑止にならないことは理解できるが、
家族が犯罪に巻き込まれたなら、犯人を殺したいと思うだろう・・・。
家族の命を救う事は出来ないが、そう思う事で自分が救われる・・・。
私は、妻に自分の事しか考えていないとよく言われる。

被害者の報復感情

被害者遺族の問題は極めて難しいものです。死刑存置派が80%という統計数字が出ていますが、マスコミによる凶悪犯の増加といった社会不安を煽る報道も影響していると思いますが、基本的には被害者感情が大きな影響を与えているでしょう。

息子や娘など最愛の人が殺されたら、犯人を殺してやりたいと思うのは誰の心の中にもある感情です。その感情が死刑存置の根拠となっています。その心情を前提として死刑の問題をどう考えていくかきわめて難しい問題です。

この問題についてはコメントとして書ききれないので、映画の紹介と被害者感情と死刑について10月11日のブログに書きましたので参考にして下さい。
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