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アン・リンドバーク 『海からの贈物』

12月24日(月)
アン・リンドバーク著『海からの贈物』について
 

アン・モロウ・リンドバーク経歴:
 大西洋単独横断飛行の成功者チャールズ・リンドバーグと知り合い、結婚。自身も飛行機を操り、夫と共に飛行した時の記録やリンド・バーグ家の資料として貴重な日記・書簡集を発表している。20世紀という時代を、彼女は駆け抜けた。知性と勇気、家族への愛情、創造的な生き方、ほぼ一世紀を生き抜いた。

『海からの贈物』本の紹介文より
 「私はやどかりになりたい。背負ったものをさっぱり捨てたい。」
¶ 女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすれば満たされるのだろうか。居心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる。
¶ どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか。            
¶ 私たちは結局、みな孤独である。ひとりでいるということを、もう一度はじめから学びなおさなくてはならない。
¶ この世にたったひとつのものなど存在しない。あるのは、たったひとつの瞬間だけだ。
¶ 中年は、ほんとうに自分自身でいられる年代なのかもしれない。

『海からの贈物』から何を学ぶのか
2005年12月よりがん治療を始め、入退院と自宅療養の中で、今まで職場を含めた人間関係はほぼ切断状態である。仕事もしておらず極端に狭い世界の中で生きている。体調が悪く寝ていることが多い時期にはもちろん何かできるというわけではないが、体調が回復しそれなりに動けるようになると社会との関係が必要となってくる。自らの存在根拠を問い直すために。

 今まで会社にいたときの肩書きやしがらみ、仕事に追われた日々、こういったことはすべて過去の出来事で、自ら新たに自分の人生を切り開き獲得し作り上げていかなければならない。ここには給料が上がったとか下がったかとか、競争に勝つたか負けたかこととか、得意先を説得できたか出来ないとかいったことがは全く意味を持たなくなる。ただ自らどう生きていくかを深く問いながら生きていく他ないのだ。

 そういった意味で病気になる前はがむしゃらに仕事仕事で生きてきた第1の人生を終え、穏やかで自分に忠実な第2の人生を始めていく心構えを持たなければならない。追われるような人生から、こつこつと道を開いていくような人生を作り上げていかなければならない。

『海からの贈物』より
 この本の中で、世間や家族、社会のしがらみからいかに自由に生きていくことが大切か、そして可能かについて書いている。少し引用してみる。

 「中年というのは野心の貝殻や、各種の物質的蓄積の貝殻や、自我の貝殻など色々な貝殻を捨てる時期であるとも考えられる。この段階に達して、我々は浜辺での生活と同様に、我々の誇りや見当違いの野心や仮面や甲冑を捨てることが出来るのではないだろうか。我々が甲冑を着けていたのは競争相手が多い世の中で我々を守るためだったはずであり、競争するのをやめれば甲冑も必要ではなくなる。それで我々は少なくとも中年になれば本当に自分であることが赦されるかもしれない。そしてそれはなんと大きな大きな自由を我々に約束することだろう。

 人生の黎明や40歳あるいは50歳前の壮年期に属する、原始的で肉体的な仕事本位の生き方はもう中年にはない。しかし人生の午後が始まるのはそれからで我々はそれを今までのものすごい速度ではなしに、それまでは考える暇もなかった知的な、また精神的な活動に時間を割いて過ごすことができる。
 
 それまでの活動的な生活に伴う苦労や、世俗的野心や物質上の邪魔の多くら解放されて、自分の今まで無視し続けた面を充実させる時が来たのである。それは自分の精神の、そしてまた心のそれからまた才能の成長ということにもなって、こうして我々は日の出貝の狭い世界から抜け出すことが出来る。」(吉田健一訳・新潮社)

アン・リンドバークの生き方・考え方
 絶えず色々な方向に関心と気力と向けていなければならず、自分自身を思いやる時間がないといった1950年代の女性が抱える困難の核心について、アンは語る-「女性であるということは、車軸から車輪に伸びるスポークのように、あらゆる方向に関心や義務が広がっているということだ。毎日の生活は同じことの繰り返しで、どの方向にもすぐ対処できるようにしていなくてはならない。

 夫、子供、友人、地域社会、これらがすべて、そよ風が吹くたびに揺れる繊細な蜘蛛の糸のように張り巡らされている。つながりのない事柄に同時に関心を向けなければならない時、その均衡を保つのは非常に難しい。たとえそれが日常を問題なく送るのに必要であっても。聖者や芸術家のように、不変の心の目が本当に欲しいと思うが、それはかなわない。」

 こういった中でアンはロングアイランドやハワイに暮すようになる。娘はアンについて語る。「海がアンに力を与えたように感じられる。ひとつは、街では見られない、どこまでも続く海と空の景色。もうひとつは、ゆったりとした生活のリズムだと思う。そのリズムはあわただしく暮らす人間ではなく、潮の満ち干きによって作られている。母はいつも夫や子供の世界中心に過ごしてきた。でも、この本を書いたとき、初めて自分自身の心の世界を中心に考え、そして他の女性たちにその気持ちを伝えようとしたのだと思う。」
 
『人生百年私の工夫』日野原重明著(幻冬舎)を読んで

 病気で中断された人生、あるいは定年退職でこれからどう生きるか考えている人、人生には様々な転機がある。それを宿命として、しっかり受け止め新たな人生を選択していく勇気が必要だ。、病気や定年といった状況を否定的に捕らえるのではなく新たなことを始めるチャンスとして捕らえトライしてゆく勇気が必要だ。

 日野原重明氏の本が病院の図書館にあった。「皆さん(定年後の人達)の多くは前半の人生を夢中で暮してこられられた方々だろうと思います。それがやっと現役の重荷を解かれたことになります。そしてこの年齢を超えた後半の人生こそあなた方が自由にデザインできる希望のある人生であることに気がついて欲しい。」と書いている。

 人生の折り返しに入った年齢の人にとってこれからどう自由に生きるかは難しくしかしスリリングなものだろう。どのような時期でもどのような状況でも、人生はそこが始まりなのだ。「ここがロドスだここで飛べ」。

日野原氏の本の中にある箴言
◆長く豊かな「人生の午後」の時間が始まる。
◆常に上がり坂を登っている気持ちで、自分で自分を育てていく季節。人生の「折り返し地点」を考える。
◆年とともに、自分の人生を自由にデザインできる人
◆老いは生き方の選択が自由になるチャンス
◆生きるということはアートである。
◆60歳だからこそ20年、30年の夢を目標にして生きる。
◆肩書きを失うことで得られるものも沢山ある。
◆新しいことを創められる人は幾つになっても老いることはない。
◆ライフワークを持つことが若さの秘訣。
◆好奇心を持ち続ければ,余生を惰性で生きることはない。
◆「どう死ぬか」を考えるのは「どう生きるか」を考えること。
◆死を意識してこそ、充実した老いの人生計画も立てられる。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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