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昔は良かったか

12月25日(火)
何故、いつの時代も人は昔はよかったと言うのか?

5189510.jpg 「昔はよかったね~」つい言いがちなこの言葉。たしかに『ALWAYS 3丁目の夕日』や『タイムスリップグリコ』など、昭和30年代を題材にした作品も多い。

 人はなぜ「昔はよかった」と言いたがるのか?「年齢を重ねると、今の時代や若者についていけなくなるのではないかと不安になります。価値観や好みに違いがあると、それを否定したい感情と若さを失っていく不安が入り交じると思うんです。そこで自分が若かった時代の文化などを振り返って『あっちの方がよかった』とか『人間味があった』と肯定することで、不安から逃避しようしているんじゃないでしょうか。

 あとは、年輩者が若い人に対して絶対的に優位に立てるのは、彼らが知らない時代を体験しているということ。だから『昔はよかった』の一言で『オレはお前らが知らないいい時代や大変な時代を知ってるんだ』と優越感を感じる一面もあるかもしれません」 (精神科医の香山リカ)

 ちなみに、F・デーヴィス著『ノスタルジアの社会学』によると、これはどちらも「アイデンティティの連続の確保」にも関わることだという。簡単に言うと、人は、今の自分を肯定するために、過去の自分を肯定しようとする心理が働くのだとか。(「R-25」・コージー林田より)

幼児期の体験
 自分自身の体験で昔の何処が良かったのだろうか考えてみたい。生まれたのは足立区西新井の農家で、父は銀行員で西新井から通勤していた。銀行の事務員であった母は、西新井に来て祖父と祖母と百姓をやることになった。母親は男のやる水車踏み(田んぼと水の高低差があり水を汲み上げる)までやっていたそうだ。

 私がお腹にいる時、水車から落ちたが私は無事だった。又隣の家の井戸に水を汲みにいっていて、最初の頃は肩を腫らしたそうだ。私は皆が農作業をやっている時は畑の真ん中に寝かされていて、おなか空こうがおしめが濡れようが、休憩時間以外はかまってくれない状態で放置されていた。

 もちろんその時、暑かったか寒かったか気持ち悪かったか空腹感を感じていたかなどの記憶はない。太陽が顔の上に照りつけ暑かったような気がするだけだ。祖父は日暮里に住んでいて、時々百姓をやりに西新井にきていたそうだ。百姓はほとんど祖母と母親でやっていた。そして時々祖父と一緒にリヤカーに私を乗せて日暮里の長兄の家族の元に野菜や米を届けたそうだ。

少年期の体験
 その後、新宿区の銀行の社宅に引っ越した。その頃の新宿区はまだ焼け跡が原っぱとして残っているところが多く、背丈ほどの草がぼうぼうに生い茂っていた。社宅の裏に戦前は畑だったのだろう、一面の原っぱの広い土地がありそこがメインの遊び場だった。大木を中心にして掘っ立て小屋を作ったり、草をむしって土俵を作り相撲したり、最後には人を集め何日もかけて草むしりをし野球場まで作ってしまった。

 遊びはベーゴマ、面子、おはじきなどがあった。定期的に来る紙芝居も楽しみの一つだった。近所の竹林から竹を取ってきて弓矢や剣を作ったりもした。材木を切り舟を作り池に浮かべた。殆どの遊び道具は手作りだった。遊びが土や川や池といった自然環境とそこからの素材であるという一体のものとして存在していた。

 靖国神社のお祭りを見に行ったことがある。そこではオートバイの曲乗りや、ブランコ乗り、力自慢、お化け屋敷等おどろおどろしい見世物小屋が並んだ。異質な違った世界を体験したような奇妙な錯覚に陥った。

自然との関わり
 あの頃は新宿区でも昆虫採集が出来た。母親の実家である府中や、親戚のいた浦和などはほとんど未開拓で、森や山に囲まれているといった感じだった。府中や浦和の親戚のうちに行って昆虫採集をした。

 親戚では客が来ると肉を振舞うということで、鳥をさばく。首をきり、鳥は首のないまま走り回る。それを逆さまにし血抜きをし、羽をむしり内臓を取り出す。その一部始終を見た後に、親子丼でも食うわけだ。都会の子には少し刺激が強すぎたようだが肉を食うということはこういう過程をたどるんだという実地教育なのだ。

 このように子供たちは自然の中で五感を研ぎ澄まし鍛えていく。こういった遊びのあり方は都会の中から自然が減っていき、テレビが普及していくにしたがって減っていったのだろう。自然との直接的対決ではなく、映像を通した擬似体験世界に徐々にのめり込んでいってしまったのである。

今を生きる
 懐かしきよき時代。人は情に厚く、あくせくせず静かに時が流れていた。といった風に昔のことは思い出せる。しかし子供がどう感じたかは別として大人たちは今とは比べ物にならない位経済的は逼迫していたのだろう。日々食うことに追われていたのだろう。何時の時代にもいいことも悪いことも優れていることも劣っていることもある。あるがままの現実をしっかりと見据えその中を生きていかなければならない。

 「昔を懐かしむのはいいけれど、それが今の自分の否定になると不健康な状態です。今生きてるこの瞬間を大事に、たまに人生のスパイスとして昔を思い出す位が丁度いいでしょう。」(香山リカ・精神科医)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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