スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ねりまの散歩道-5 光が丘公園コース

11月19日(金)
「ねりまの散歩道」は、平成4年7月に設定されたみどりや水辺、史跡、公園などをめぐる散歩コースで、1つのコースは約5~8kmで、区内に9コースある。近いこともあって幾つかのコースを巡った事はある。ただ「ねりまの散歩道」のコースは西武線を挟んで両側にまたがっていたりしてかなり距離があることがあるので、半分位で済ませることもあった。今回はその中で「光が丘公園コース」を回る事にした。「散歩道」に紹介されているコースとは若干違うが、臨機応変に組み立てていけばいい。

光が丘公園コース
大江戸線光が丘駅→光が丘公園→天祖神社→愛宕神社→田柄川緑道→秋の陽公園→愛染院→寿福寺→春日神社→石神井川→西武線豊島園駅


光が丘公園の紅葉を満喫したことだし、神社や寺院の静かな雰囲気に浸ってみるのもいいだろうということで、「ねりまの散歩道」のコースを辿る事にした。ひびき橋を渡ってしばらく行くと豊島園通りに出る。この道は大江戸線の練馬春日町駅を経由して、豊島園駅に至る。

田柄高校の前で豊島園通りを突っ切り、狭い住宅街の道を入ってしばらく歩くがなかなか天祖神社のたどり着かない。それでも10分位行くと高い木立に覆われた社が見えてきた。鳥居が道路に面していて階段を上がり、狭い境内に出ると社殿は目の前にある。そこから愛宕神社まではすぐだ。ただ鳥居が通りに面してなく細い路地を入った所にあり、神社はその奥にある。ただ遠くからでも鬱蒼とした高い樹木に囲まれた境内は目に付く。

天祖神社
その昔、神明宮と称していたが、慶長3年(1598年)に上野伝右衛門が伊勢神宮へ参詣し、分霊を受け邸内に奉安し、社殿を造ったことに始まると言われている。

光が丘公園065_convert_20101119201754  光が丘公園064edddd_convert_20101120010236
 天祖神社鳥居                       天祖神社社殿

愛宕神社
慶長年間に山城の愛宕大明神を勧請したとされ、古くからこの地の信仰の中心だったと思われる。毎年、7月24日の大祭には「金魚市」が開かれる。

光が丘公園071_convert_20101119202022  光が丘公園074_convert_20101119202133
 愛宕神社社殿                       鬱蒼とした木立に囲まれた境内

愛宕神社を南に向かって行くと田柄川緑道にぶつかる。板橋方面から延々と続いている道なのだが、途中から合流したわけだ。この道を通って豊島園通りに戻ることになる。豊島園通りにぶつかった所が緑道の出発点になっている。通りを渡った所に「秋の陽公園」の看板があり、長屋門風の入口から公園に入る。公園は団地に囲まれている。団地に住む人の通行路ともなっているようだ。

田柄川緑道
緑道は光が丘の秋の陽公園から、川越街道をまたぎ都立城北公園までを結んでいる。ここでは、コナラ、クヌギなどを中心に様々な草木が植物園のように全長4.7kmにわたり植えられている。第二土木出張所前にある3体の怪獣は、田柄第三小学校の児童の作品を題材としたもので、練馬百景にも選ばれた。

光が丘公園092_convert_20101120004739  光が丘公園080_edited_convert_20101120011835
 緑道入口                          怪獣のオブジェ

秋の陽公園
秋の陽公園はかつての田園風景を復元しようと造られたもので、水田や「ため池」、田柄上水をイメージしたせせらぎが整備されている。また長屋門をイメージした門がある。光が丘公園の周辺にはこの秋の陽公園のほかに春の風公園、夏の雲公園、四季の香公園がある。光が丘地区の開発、整備の一貫として公園を配置したのだろう。林立する団地に囲まれてコンクリートの中で生活する人にとっては公園は必要不可欠なものに違いない。

光が丘公園083_edited_convert_20101119204501

光が丘公園086_convert_20101119203108

光が丘公園088_ed_convert_20101120203733

秋の陽公園から豊島園通りを練馬春日町駅に向って歩く。15分位で愛染院に着く。広い墓所を抱えかなりの面積だ。ここから駅まではすぐだ。大江戸線の上を越え環八通りを突っ切り、春日神社に向う。神社の前に幼稚園を併設した寿福寺がある。その裏に回ると春日神社の社殿が古色蒼然とした佇まいで周りの情景に溶け込むように建っている。

愛染院(練月山観音寺 真言宗豊山派)
開基は永享9年(1437年)と古く、江戸時代には寺領12石余の御朱印地だった。本尊は愛染明王。境内には西山稲荷祠、六地蔵(元文4年・1739年)や弘法大師像(天保8年・1837年)、法篋印塔(明治25年)などの石像物が数多くある。

光が丘公園094_convert_20101119202453  光が丘公園096ed_convert_20101120131050
 愛染院山門                         愛染院本堂

光が丘公園100_convert_20101119202559  光が丘公園102_edd_convert_20101120132635  
 愛染院大師堂                        愛染院多宝塔

寿福寺(大林山最勝院 真言宗豊山派)
開山年は不詳だが、新編武蔵風土記稿によれば、1659年(万治2年)以前からあったとされる。ただし、過去帳からは、愛染院の隠居寺であったとも読める。本山は長谷寺。本尊は薬師如来。豊島八十八ヶ所霊場19番札所。

春日神社
創祀年代は不明であるが、文明年間(1469年~1486年)には練馬城主、豊島泰経、泰明らが一族の守り神として保護し、さらに豊島氏が没落した後は、練馬城主、海老名左近が崇敬するところであったと伝えられている。本殿は春日造り。

光が丘公園106ed_convert_20101119202748  光が丘公園112_convert_20101119202851
 寿福寺本堂                         春日神社社殿

春日神社は丁度豊島園の裏手に当たる。豊島園を囲む金網の塀が道に沿ってずっと続いている。練馬春日町駅に戻った方が近いが、豊島園まで行けば西武線一本で帰れる。豊島園まで行く事にした。塀に沿って歩いていくと豊島園通りにぶつかる。この通りは川越街道から光が丘公園の脇を通って練馬春日町駅を突っ切り、名前の通り豊島園まで行き、千川通りで終っている。

豊島園駅に近づいた所で石神井川を渡る。石神井川沿いには延々とサクラ並木が連なる。今年の春満開のサクラを同じ場所で見た。今度は紅葉の鮮やかな赤だ。サクラは春と秋我々を楽しませてくれる。もちろん初夏の新緑の頃も、真夏の生い茂った緑が作る日陰も十分に人々に恩恵を与えている。

石神井川のサクラの紅葉
光が丘公園115_edited_convert_20101119202957 中之橋から見た石神井川のサクラ
(参考資料:練馬区観光協会公式サイト)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。