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村上龍 『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』

11月21日(日)
5122_convert_20101121193600.jpg空港ロビー、居酒屋、コンビニ、公園、駅前広場といった、日本のどこにでもある場所を舞台にした8つの短篇が収められている。変化なく流れる日常性の中で、一瞬揺れ動く心、変化を求める意識の流れ描き、その中に垣間見られる新たな希望をどのように顕在化していくかを模索した小説である。

この小説の趣旨を、あとがき「場所・自分」の中で作者は次のように言っている。
「閉塞感の強まる日本の社会において、現代の出発は閉塞して充実感を得られない日本からの戦略的逃避でなければならない。近代化途上の日本は貧しかったが希望だけはあった。しかし今“この国には何でもある。本当に色々な物がある。だが希望だけがない。”この短編集には社会的希望ではない他人と共有することの出来ない個別の希望を書き込みたかった。」(文藝春秋単行本p185)

この小説は何を訴えようとしたのか。

 不特定多数の集まる日本のどこにでもある場所を舞台にし、我々が日常的に体験しうる状況を設定したことによって、誰でもこの中の登場人物になりえる親近感を持つ事が出来る。そして主人公の持つ希望の実現が可能かどうかを期待させていくのである。現代の閉塞感やそして個人の孤独感は、大都会の雑踏の中でより一層強められていくのである。現代社会の状況を作者は次のように表現する。

「気をつけないといけないなと思うのは、このワインを飲む時に、これが人生で最上の瞬間だと思ってしまうことだ。大切なのは、このワインと同じくらい価値のあるものをこの社会が示していないし、示そうとしていないということだ。こんなワインを飲む瞬間に比べられるようなものはこの社会にはないからね。

普通の人は、一生、普通という人生のカテゴリーに閉じ込められて生きなければならない。そして普通という人生のカテゴリーには全く魅力がないという事をほとんどの人が知ってしまった。そのせいで、これから多くの悲劇が起こると思うな。」(披露宴会場P107)

 主人公は他人を拒絶しているわけではない。他者との関係を求め、恋をしたり、夫以外の男性と付き合ったり、生活のため水商売を選択したり、生活に追われ四苦八苦しているどこにでもいる人達である。しかし彼らにとって他人はそれだけの存在でしかない。そこに希望は見出せない。だから常に空虚である。日常空間の中で自己を見出せない不毛の心と孤独感にさいなまれる。

現代の社会経済の混迷と時代の変わり目の中でいかに個の確立を目指すのかが問われているのである。個の確立・自己認識は孤独と絶望を強めるものでもあるのだ。しかし一方絶望こそが自己認識の出発点である。そこを正面から見据えない限り希望は見出せない。「コンビニ」の中に以下の言葉があった。

「おまえはまだ間に合うから何かを探せ。本当の支えとなるものは自分自身の考え方しかない。いろいろな所に行ったり、いろいろな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考えは手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしても遅いんだ。」(p21)

 小説の舞台となるコンビニ、居酒屋、カラオケボックスなど、そこに集まってくる人はそれぞれ全く無関係な他人である。相互の関係性は全くない。こういった空間は現代日本の象徴的な場所といえるだろう。他者との関係が極端に希薄な現代の人間関係の中で自己を対象化する事が難しくなる。

こういった中で、主人公は自己を叙述しながら自分自身を見出して行くという過程を取る事ができない。ただ眼に映るものを叙述していくだけである。他者との関係の中で人は自己を見出す事も出来るし、そこから新たな生き方への希望も生まれてくるのである。

「おいしいものを食べたからといって人生が容易になるわけでもない。重要なのは何を食べるかじゃなく、誰と食べるかだ。おいしいものを食べるよりも、誰と知り合うかというほうが重要なんだ。」(「クリスマス」P127)

こういった世の中でも人はそれぞれ自分の中に何物かの萌芽を感じ取り、それを自覚した時希望へと導かれていく。作者は主人公の言葉を通して淡々とした語り口調で希望への道しるべを指し示していく。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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なければならない。その先に希
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