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都立庭園-9 旧岩崎邸庭園

12月2日(木)
東京都には公園協会管理の庭園が9つある。庭園紹介のパンフレットが各庭園の入口においてある。一言解説が付けられていて、その言葉がどんな庭園かをイメージさせる。9庭園として、清澄庭園(全国から名石が集まった庭園)、六義園(和歌を基調とした江戸の大名庭園)、旧古河庭園(洋館と薔薇の庭園)、小石川後楽園(水戸黄門ゆかりの庭園)、旧岩崎邸庭園(和洋の建築文化の粋を示す庭園)、浜離宮恩賜庭園(徳川将軍家の庭園)、旧芝離宮恩賜庭園(江戸最古の大名庭園)、向島百花園(四季、日本の花が咲く庭園)、殿ケ谷戸庭園(武蔵野の山野草と湧き水の庭園)が挙げられていた。

この中には、病院帰りに気楽に寄れる六義園など5、6回行っている所もある。旧岩崎邸庭園は10数年前に行ったことがあるが、どういった所か全く覚えていなかった。上野で用件を済ませ次の待ち合わせまで2時間位時間があった。紅葉が見頃であるということもあって行ってみることにした。

上野公園の不忍池沿いを湯島の方に向って歩く。不忍通り沿いのイチョウや、池を囲む木々は紅葉を迎えている。旧岩崎邸庭園の入口から坂を上ると、受付がありそこで入場料を支払う。そこにあるイチョウの巨木全体が黄色く色づき曇り空の中でまばゆいばかりの色彩を放っていた。

旧岩嵜庭園040_convert_20101203130133  旧岩嵜庭園043_convert_20101203130234
 不忍通りのイチョウ並木                  不忍池周遊道路

旧岩崎邸

旧岩崎邸は1896年(明治29年)に三菱創設者・岩崎家本邸として建てられた。完成当時の岩崎邸は、15,000坪の敷地に20棟以上の建物があった。現存するのは洋館・撞球室・和館の3棟である。

洋館
英国人ジョサイア・コンドルによって設計されたもので、木造2階建・地下室付きの洋館で、本格的なヨーロッパ式邸宅。近代日本住宅を代表する西洋木造建築である。

旧岩嵜庭園004ed_convert_20101202234732 洋館正面

旧岩嵜庭園035ed_convert_20101202235303 洋館東側側面

旧岩嵜庭園029ex_convert_20101203104608  旧岩嵜庭園022ed_convert_20101202235102
                                 庭から洋館を見る

洋館から中に入り見学し、通路でつながっている和館から出るという順路になっている。洋館内での撮影は禁止なので中の様子は写せなかった。この洋館についてパンフレトには次のように書かれていた。「17世紀のジャコビアン様式を基調に、ルネサンスやイスラム風のモティーフなどが採り入れられている。洋館南側は列柱の並ぶベランダで、1階列柱はトスカナ式、2階列柱はイオニア式の装飾が特徴である。米国・ペンシルヴァニアのカントリーハウスのイメージも採り入れられた。併置された和館との巧みなバランスは、世界の住宅史においても希有の建築とされている。」

ジャコビアン様式:17世紀、イギリスのジェームズ1世時代(1603~1625年)から、その息子のチャールズ1世時代(1625~1649年)の建築、家具、芸術の様式のことを言います。ジャコビアン様式は、家具では、オークが用いられ、直線的で力強く、ねじり棒や挽き物(ひきもの)が多用されています。(インテリア用語辞典)

洋館は1階、2階を見学する事が出来る。1階部分に玄関・食堂・厨房・客室があり、2階も同じような造りになっている。当時使用していた様々なアンティークな家具が所々に置いてある。2階のベランダからは、芝庭とそれを囲む紅葉した木々が見渡せる。

庭園
江戸期に越後高田藩榊原氏、及び明治初期は舞鶴藩牧野氏の屋敷であった岩崎邸の庭は、大名庭園の形式を一部踏襲していた。建築様式同様に和洋併置式とされ、「芝庭」をもつ近代庭園の初期の形を残している。この和洋併置式の邸宅形式は、その後の日本の邸宅建築に大きな影響を与えた。

旧岩嵜庭園016ed_convert_20101202235004 

旧岩嵜庭園038_convert_20101202225455  旧岩嵜庭園008_convert_20101202224732
 入口正面の大イチョウ                   洋館ベランダから見た庭

旧岩嵜庭園034ed_convert_20101204235135  旧岩嵜庭園031ed_convert_20101203102524

和館
洋館と結合された和館は書院造りを基調にしている。広間には、橋本雅邦が下絵を描いたと伝えられる日本画などが残っている。現存する広間を中心に巧緻を極めた当時の純和風建築をかいま見ることができる。

旧岩嵜庭園010ed_convert_20101202234901 洋館のベランダから見た和館

旧岩嵜庭園036_convert_20101202225346  旧岩嵜庭園026ed_convert_20101203101434
 庭から見た和館  

洋館から和館に移ると、その印象はあまりのも違う。明から暗に転じたような感じだ。西洋文明の絢爛豪華な意匠から、日本的な「わびさび(侘・寂)」の世界の相違が、このような洋風建物と和風建物を併置することによって一層鮮明に感じ取れる。

和館から庭に出る。かなり広い芝庭が広がりその周りを囲む木々の間に遊歩道があり、散策しながら紅葉を楽しむ事が出来る。庭からは洋館や和館の全体を鑑賞する事が出来る。一画にガーデン・テーブルと椅子がパラソルの下に置かれ休憩場所となっている。その休憩所の前に「スイスの山小屋風造り」の撞球室(ビリヤード場)がある。洋館と全く違った造りになってはいるが、その事によって撞球室の存在を印象付け、洋館を引き立たせる事になっている。

撞球室(ビリヤード場)

コンドル設計。当時の日本では非常に珍しいスイスの山小屋風の造りとなっている。全体は木造建築で、校倉造り風の壁、刻みの入った柱、軒を深く差し出した大屋根など、木造ゴシックの流れを組むデザインである。洋館から地下道でつながっている。

旧岩嵜庭園028_convert_20101202230328

(参考資料:都立庭園情報「庭園へ行こう」旧岩崎邸庭園HP)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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