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宮部みゆき 『名もなき毒』

12月4日(土)
aaa_convert_20101204205450.jpg あらゆる場所に「毒」は潜む。どこにいても人は恐怖や不条理な出来事に遭遇し、その理不尽さに打ちのめされることがある。だがそれが生きることだ。この社会の中で、孤独や絶望や貧困や不幸な状況にさらされ続ける時、人は自ら毒を生み出す存在になってしまう。それがこの小説のテーマである。

作者は次のように語る「人が住まう限り、そこには毒が入り込む。なぜなら我々人間が毒なのだから。(殺人者は)その毒を、外に吐き出すことで消そうとした。だが毒は消せなかった。ただ不条理に他人の命を奪い、彼の毒はむしろ強くなって、もっとひどく彼を苛んだだけだった。」(幻冬舎単行本P452)

今多コンツェルンという財閥企業のグループ広報室で社内報を編集する杉村三郎が、遭遇する2つの事件が平行しながら進行し、そして最後に一つの結論を出すために収斂していく。一つは社内トラブルを起こした女性アシスタントとの相克がある。その過程で身上調査のため、私立探偵・北見を訪ねた時に連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生と出会う。その出会いから、杉村は毒殺事件に関わっていく事になる。

 無差別毒物殺人事件の犯人探しといった謎解をベースにしながら物語は展開する。ここで使われた青酸カリという人間を死に至らしめる直接的な毒以外にも、「名もなき毒」は至る所に存在している。常に何かに怒っていて攻撃的で他人の幸せが許せない、社内編集部のアシスタントをしていた原田いずみの言動は彼女の周辺に毒を撒き散らすことになる。

原田いずみは会社内でのトラブルメーカーであり、それが原因で解雇され、それを一切自分に責任があると考えられず、解雇した社内報編集部員全員に復讐し、また会長の娘と結婚し「満たされていて幸福に見える。何の苦労もなくその幸せに恵まれた」と判断した杉村に対し、怒りを増幅さる。

「彼女の毒は無限に増殖し、どんなに吐き出しても涸れることはなく」、自分の不幸を呪い、他人の幸福が許せないといったことで執拗な嫌がらせを続け、最後にはその幸福を根底からから破壊しようとする行動に出る。

 原田いずみや連続無差別毒殺事件の犯人の心情について、その本質を極北の権力行使だと今多グループ会長の言葉を通して作者は語る。今多コンツェルンの総帥である会長に杉浦は聞く。「権力というものをどうお考えですか」と。会長は「空しいな」と答え次のように言う。

「究極の権力は人を殺すことだ。他人の命を奪う。それは人として極北の権力行使だ。・・・他人を意のままにしたという点では同じなのだから。そういう形で行使された権力には誰も勝てん。禁忌を犯して振るわれた権力には対抗する手段がないんだ。」(P261)

「極北の権力を求めて、どうしてもこらえきれずに行使してしまった人間だからな。飢えているんだ。それ程深く、ひどく飢えているんだよ。その飢えが本人の魂を食い破ってしまわないように、餌を与えなければならない。だから他人を餌にするのだ。」(P263)

 人を中傷したり、自分が不幸だから他の人も不幸になるべきだといった理不尽な考えをする人間による毒、シックハウス症候群や土壌汚染による喘息など症状が出ないと表面化しない毒、そして究極的にはその毒に蝕まれ自らの魂を捨て殺人者に追い込まれてしまう毒、これらの名もなき毒に囲まれそれに浸されながら人は現代社会を生きていかなければならない。「我々がこしらえたはずの社会はいつからこんな無様な代物に堕ちてしまったんだろう。」

今の社会は普通に生きるという概念が大きく変わってきている。そういった社会の転換の中で、生まれ育った環境や、社会の仕組みの中でごく少数の運のいい人を除いた大部分の人が、実現不可能な「自己実現」といった言葉に振り回されることになる。そもそもありえない「自己実現」ができない事に苛立ち、社会のせいにし、慢性的な欲求不満に陥りその中で呻吟し、社会への怒りを増幅させていくのである。

「“普通”というのは今の世の中では“生きにくく、他を生かしにくい”と同義語なんです。“何もない”という意味でもある。つまらなくて退屈で、空虚だということです。だから怒るんですよ。どこかの誰かさんが“自己実現”なんて厄介な言葉を考え出したばっかりにね。」(P337)

 毒は社会の隅々まで至る所に噴出している。会社の同僚が新築の家を買って引越した。しばらくしたら娘が喘息になった。販売業者は検査をして、建材と喘息の因果関係はないと主張する。親は販売業者を訴えようとしていた。

「(娘の喘息の)原因がやっとわかりまして、シックハウス症候群ではなかったんです。土壌汚染でもありません。学校の問題でした。いじめです。・・・私は言った『毒ですね、やっぱり毒だったんですよ』」(P472)

現代社会の中で生きるということはどういったことだろうか。元警官であった北見は言う「犯罪を起こすのはたいていの場合怒っている人間です。ある時そういう“怒り”に付き合うのがしんどくなってきた。同じ苦労をするならもう少し―早い段階で後始末の一歩か二歩手前で何とかすることはできないかと考え始めていました。」(P339)そして彼は私立探偵になった。

つまり毒が身体に回り犯罪に至る以前に、その毒を薄める役割を担いたいということなのだ。しかし普通の市民にとって、今の世の中をどう生きていくのか。それは結局作者が最後に書いた通りだろう。しかし主人公杉村には生きるための新たな課題を与えているのである。その課題を彼が追求しようとしたならば、今の安逸な生活から決別せざるを得なくなるかもしれないものなのである。

「不運にも毒に触れ、それに蝕まれてしまうとき以外、私たちはいつもこの世の毒の事など考えないようにして生きている。日々を安らかに過ごすには、それしかほかに術がないから。
突っ立って問いかけているだけでは、誰も毒の事を教えてはくれない。それがどこから来て、何のために生じ、どんな風に広がるものであるかを。どうすれば防げるかということも」(P489)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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