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辺見庸の身体性

12月21日(火)
 辺見庸は講演の中で、パネルディスカッションで3人のパネラーに対しても問われた、何故日本人の80%もの人が死刑に賛成しているかといった質問への、彼の考え方を示している。彼は人間存在における身体性と精神性との関連性に言及していると思う。

共同幻想としての国家による思想的文化的支配は、ある時は強権的にある時は懐柔的にその構成員を従属させようとするものである。共同幻想の世界では、個人は主体として存在することができない。人の精神は、国家や企業や組織といった共同体に所属することで自らの位置を得る。そこに心の安定を見出す。辺見庸の言う「バラスト」を組織への所属、従属の中に求めていく。

 国家や組織の中では言語は上からの命令という形で一方的に与えられる。それは義務とか責任とかいった体裁のいい形で示されるが、実際には強制力を持っている。従わなければ組織から排除される。こういった言語はマスメディアを通じて大多数の意見として喧伝される。「人の声は聞こえるが、自分の声は他人に届かない。」人々は分断され支配される。自らの言葉を失う。

辺見庸はこの支配の構造を断ち切るものとして精神性に対して身体性を対峙する。「肉感的、感性的直感」を人間の行動の基礎に据えるべきだと主張する。「死刑を耐えられないとする感性、死刑を嫌悪する感性」が重要である。

「自分の身体で担保できる言葉」が他者とのコミュニュケーションを可能にし、国家、企業、組織のくび木から解放される道筋を作っていくものである。カントやヘーゲルが感性、悟性、理性という人間意識の発展過程を語っているが、人間存在の根本を感性に置く事によって、絶対的な理性という形で存在する国家からの支配を越える事が出来るのだろう。

 身体性に意味についてフランスの哲学者メルロ=ポンティは『知覚の現象学』の中で次のように語る。「<意識>が世界を経験の意味として構成していく時に、その意味の構成がすでに<身体>というもののあり方と不可欠に結びついている。身体とは、人間が回りの世界とかかわるその仕方を最も底の部分で支えている条件なのである。

身体とは単なる構成されたものではなく生きる上での根本的な要請がそこから発してくるような中心点であり、この身体のあり方が“私の意識”=コギトのあり方の土台になっていると見なされるのである。」

「客観的存在に取り憑かれて自分の経験の展望性を忘れてしまうと、もともとは世界に対する視点であるはずの自分の身体を、客観的世界に属する対象の一つのように見てしまう。しかし、客観的身体の生成は客観の構成の一契機でしかなく、身体は客観的世界から身を退くときに、知覚する主観と知覚される世界を示すのである。」

メルロ=ポンティは身体について客観世界の一構成物でもないし従属物ではない、と語りデカルト的精神と身体の2元論を克服し、経験論と観念論の対立を超えようとした。そのために身体性を復権させたのである。

身体を基礎とする事によって、「知覚する主観と知覚される世界が示される」つまり、自己認識と対象認識が共同幻想のフィルターを通すことなく可能となる。そこには共同幻想の従属から自立したあるがまま自己が立ち現れ、正しい世界認識を獲得していける道がある。

 身体性を意識の基礎にすえる事によって「生きる上での根本的な要請」に従う事になる。つまり生こそが身体性に基礎である、それは死を忌避する。身体性を土台にした考え方から言えば、自己の死や他者の死は否定的なものでしかない。

「“生きたい、赦してくれ”と泣き叫ぶ死刑囚の首に縄を掛けることなど、耐えられない。人の心の中の優しさは、殺人現場を見ていられないように死刑執行も我慢できない。」こういった感性の原初的な衝動は身体性に根ざしたものである。この感性から自分の身体で担保できる言葉が生まれ、他人への回路を作り出していけるのである。そういった観点から辺見庸の講演内容を読み解く事が出来るのではないかと思う。

(参考資料:『知覚の現象学』みすず書房、『現代思想入門』ジック出版局、山竹伸二の心理学サイト)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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はじめまして

大変興味深く読ませていただきました
私が興味を持っているルドルフ・シュタイナーという思想家(神秘家)も
感性的な思考による世界認識をとなえていることから
シュタイナー教育などが展開していったようです

身体的なものが理性的なものと反対だと
簡単に考えてしまうところがあります
身体、理性それぞれの認識できるものを注意深く見ていくと
色々発見がありそうですね

興味のままに、素晴らしく知性的な記事の数々を読ませていただいていますが
最新の記事を拝見すると、お病気の治療中でいらっしゃるのですね
コメントへの返信等、気になさらないでくださいね

yosimine様のお体の回復を、心より願っています
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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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