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文京区散歩-10 本駒込駅周辺

12月28日(金)
 いよいよ今日退院だ。退院の前に周辺探訪の最後になるが本駒込駅の向こう側に行ってみた。本郷通りと白山通りの間だ。定泉寺→天栄寺→龍光寺→潮泉寺→一音寺→大円寺と回った。

 入院中、当初は病院の敷地内の遊歩道を朝昼15分ずつ散歩しようとしたが、1日最低30分のウォーキングの確保は難しく、また同じところを回るのは飽きてしまい続かない。そこで周辺探訪・寺めぐりを始めたというわけだ。運動確保のために始めたウォーキングも退院ということで最後になる。外来で病院に来ることはあるが、その時の帰りのウォーキングは別の目的を持って建て直したい。

 午前中の検温が早く済んだので10時過ぎに出かけた。風は冷たかったが日差しが暖かく散歩にはもってこいであった。いつものように道坂上から本駒込駅方向に向かう。団子坂通と道坂通りは道幅は同じ位でも雰囲気が違う。

 道坂通りは歩道があるが団子坂通りは歩道がない、並んでいる商店街も団子坂通のほうが古い、しかしどちらかというとか活気がある。昔からのなじみの小売店が通常に経営できる素地があるのだろう。本郷通りに行くと商店は全く違った様相を呈する。最近建った高層マンションの低層階が店舗のテナントになっていて小奇麗な飲食店や事務所が入っている。

天栄寺(地久山 浄土宗) 
 本郷通と道坂通りの交差するところに天栄寺がある。その天栄寺を覆い隠すように15階建ての新築間マンションが建築中であった。寺の景観もあったものではない。あえてことさら古いものを押し隠すように作ろうとしているとしか思えない。

 天栄寺が経営難のため土地を売ってそこにマンションを建てているなら止むをえないという面もあるがそうでなかったなら、これは歴史的文化財に対する冒涜でしかないと思わせるほどひどい建て方だ。誰も反対しなかったのだろうか。

駒込寺院016_edited_convert_20100414190008 天栄寺本堂
 
 門前の標識に「駒込土物店跡」(注1)とあり、これは青物市場(江戸3大青物市場の一つ)があったことを示す。入ると、正面が葬祭場の雰囲気をした庫裏で左に墓所がある。右に上部に何かを意味するのだろうと思うが円形のオブジェをあしらった近代的なスマートな鉄筋コンクリートの本堂があり、外階段で上がるようになっている。

駒込寺院018_edited_convert_20100414190055 駒込土物店縁起を記す石碑

(注1)駒込青果市場:
 豊島市場の前身である駒込青果市場・「駒込土物店」の起源は、元亀、天正(西暦1570~1591年)の頃、駒込付近の農民が江戸へ青物をかつぎ売りの途次、駒込天栄寺の境内の「さいかち」の大樹の下に憩い、分荷したのが始まりで、都内最古の市場であると伝えられている。江戸時代には、神田及び千住の両市場とともに青物の三大市場の一つで幕府の御用市場であった。野菜を泥付きのまま売っていたので「土物店」とよばれた。

定泉寺(東光山 浄土宗)
 本郷通りを駒込駅方面に2,3分行くと定泉寺に着いた。入口左に夢現地蔵尊堂がある。江戸33観音の9番、十一面観音菩薩があるというが公開されていないようなので見ることは出来なかった。右は鉄筋コンクリート3階建の庫裏がそびえている感じだ。

駒込寺院019_edited_convert_20100414190147 定泉寺本堂

駒込寺院020_edited_convert_20100414190237 夢現地蔵尊堂

龍光寺(臨済宗 東福寺派)
 本郷通りから少し奥まった所、住宅街の真只中に龍光寺がある。かなり面積が広く、そこに大きく立派な鉄筋コンクリート造りの本堂だけが浮き上がった感じで建てられている。「早春賦」の作詞家吉丸一昌の菩提寺であり、歌詞の石碑が立てられている。近くに寺の管理の児童公園もある。

駒込寺院021_edited_convert_20100414190316 龍光寺本堂

駒込寺院022_edited_convert_20100414190402 早春賦の歌詞を刻んだ石碑

潮泉寺 (増上山 浄土宗)
 細い商店街通りの中にあった。入口右に縁引地蔵尊の赤い幟がはためいている。正面に鉄筋コンクリートの本堂があり、左に庫裏、右に墓所。柱に金字で「光明遍照 念仏衆生 摂取不捨」と記されていた。

駒込寺院024_edited_convert_20100414211209 潮泉寺本堂 

駒込寺院025_edited_convert_20100414190549 縁引地蔵尊

一音寺(浄土真宗本願寺派)
 本郷通りと白山通りを結ぶ広い通りに面して、まさに繁華街の中にある。本堂は誰が見てもお寺とは思えない鉄筋コンクリート製の会館だ。右に同じような造りの鉄筋コンクリートの庫裏がある。入り口に法話会の案内が掲示されている。特に12月は大根焚きの行事があるらしい。

白山神社001_convert_20101126203020 一音寺本堂

大円寺(金竜山 曹洞宗)
 本郷通りを東大方面に少し行くと向丘高校のグランドがあり、その裏の住宅街の中に大円寺がある。本郷通りと白山通りの高層マンションに挟まれ、墓所だけがだだっ広い平坦な空間を作っている。鉄筋コンクリートの鮮やかな赤い山門は目立つ。八百屋お七との縁のあるお寺(八百屋お七火事の出火元・八百屋お七火事・1683年)で山門真正面にある「焙烙(ほうらく)地蔵」(焙烙=あぶり焼く)は、八百屋お七ゆかりの地蔵である。追分一里塚の庚申塔が移築されている。 参道は左に曲がり、本堂となる。本堂の右に庫裏。左は墓所がある。

白山神社003ed_convert_20101126204649 大円寺山門

白山神社004_convert_20101126203310 大円寺本堂

大円寺略歴:慶長2年(1597)開創 はじめ神田柳原にあったが、慶安2年現在地に移り久しく「駒込の大円寺」と呼ばれた。墓域には、幕末の先覚者であり砲術家の高島秋帆・小説家であり樋口一葉を終生助けた斉藤緑雨が眠っている。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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