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ももバー(つづき)・ 親の問題

1月21日(金)
 血液患者コミュニティ「ももの木」の主催で行なわれるももバーでは、通常参加者の病歴紹介や現在抱えている問題などが話され、田中医師のアドバイスなどを受ける。今回も一通りそういった話をしてその後田中医師が保険の話をした。

B氏が遅れてやってきた。彼は5年ほど前に急性リンパ白血病で移植を受け、その後元いた会社に復帰して通常勤務をしている。話は彼の両親のことだった。血液がんとは全く無関係の話だが40~50歳になると親の様々な問題にぶつかる。親の病気や認知症や介護問題など人ごととは思えない課題である。彼は母親の見舞いに寄ってきたという。

 B氏の話では、3日前母親が急に心臓の苦しみを訴え救急車で病院に搬送された。父親が同乗し病院まで付き合った。しかし手術中に家に帰ってしまった。そしてその事については全く覚えていない。夜B氏の自宅に友人から電話があって「お宅の実家大変だったそうだね」言われた。友人は病院の仕出しをやっている人から聞いたそうだ。

すぐ実家に電話したが出ない。急いで行ってみる。父親はいて煙草を吸っている。母親はどこかと聞くと寝室だろうという。しかしそこにはいない。何処の病院に行ったか父親は全く覚えていない。今までこういった兆候を見せたことはなかった。母親の病気のショックで突然認知症が発症したのだろうか。

消防庁の通報センターに電話しても個人情報だから教えられないということだった。緊急通報119番というのがあってそこにかけると教えてくれるということだった。やっと母親の病院を探し当てる事が出来た。行ってみたがかなり遅くなったので面会は出来ず次の日行く事にした。

次の日姉夫婦にも知らせ一緒に見舞いに行った。2年位前にも心不全を起こしていてそれが再発したのだろう。土曜日からペースメーカーを装着するかどうか検討するということだ。父親はしばらく姉夫婦の所に行ったらどうかと聞いたら、一人で生活できると頑固に言い張る。

帰り道もう1人の患者の人から、地方に住んでいる父親が入院したという話を聞いた。元々進行の遅い前立腺がんに罹っていたが、今度は肺がんが見つかったということだ。高齢化し次々と死を内包する親の病気とどう対応するのか、自分がどう生きるかで精一杯の患者にとって親の死というものにどのように向き合うのか。難しい問題だ。

 直接関係ないが、自分の事もついでに話しておこう。私の母親は今年米寿(88歳)を迎えた。5、6年前までは一人で海外旅行に行くほど元気があった。3年前のことだった。母親の日課として足腰を鍛えるため夏は涼しくなる夕方、毎日家の周りを夕食前1時間ばかり散歩していた。

雨上がりで道が滑り易くなっていて、駅前のタイルの所ですべり腰を強打した。交番がすぐ傍にあり救急車を呼ぼうといったが、どうにか歩けるのでその日はやっとのことで家に帰った。次の日近所の整外科医が往診に来てくれた。捻挫ということで鎮痛冷湿布が処方された。

しばらくたっても痛みは少しも改善されず、知り合いの整形外科医は毎日マッサージに来てくれたが、結局寝たきりになってしまった。それが3ケ月位続いた。その頃は必要に応じ私も1日おき位にトイレに連れて行くため訪問していた。起きられるようになっても、一日中ごろごろと横になっていて見るともなしにテレビをかけている。腰を打つ前に日常の仕事としてやっていた洗濯、掃除、炊事は全くやらなくなくなってしまった。

 同居している妹が全てやらざるを得ない。3年たっているが、体の動きはますます緩慢になってきている。妹が散歩などに引き出そうとしているがなかなか動こうとしない。耳も遠くなってきていて会話もスムーズに行かない。妹が同居していて、食事の世話や身の回りのことをしているから私は何も動かなくていいが、そうでなったら面倒を見なければならない事になる。

妹はピアノ教室で教えていて日月以外は毎日昼に出掛け20時頃帰ってくる。家事をこなし、朝昼食を母親と一緒に食べ夕食を作って出掛けていく。母親まだ介護の必要性はまったくないし呆け始まっていない。ただ生きる意欲がないといおうか、家事は一切やらないという状態だ。しかし何よりも一人で放っておいても大丈夫だということは本当に有り難いことだ。

人は生まれてから、最後には老衰も含めた病気で死ぬという流れの中で一つの生を全うしなければならない。その過程では親や夫婦や兄弟姉妹、友人などのしがらみや人間関係に時には助けられながら、時にはないがしろにされながら、どの道やがては死んでいく存在なのである。重要なのはその事実をしっかりと受け止め、受け入れ今をどう生きていくか模索していく外ない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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