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入院36日目(形質細胞性白血病)

3月10日(木)
gM   2802(3/10)ー2673(2/28)ー6370(2/14)ー8400(2/2)

午後になって主治医が衝撃的な2つの出来事を告げに病室にやってきた。1つはIgMが2802と10日間で130近く増加したということである。もう一つはこれはかなりショックを受ける内容だった。形質細胞腫瘍が抹消血に見られるということだ。血液検査のコメント1にPlasmaーLyとあるのがそれを意味している。Otherという項目には0.5と記されていた。この数値は白血球分画中の形質細胞比率である。形質細胞の白血化が進行している。

形質細胞性白血病では、白血球分画で形質細胞比率が20%以上となっているが、急速に増加する可能性もあるし、長い間このままの状態が続く場合もある。そういった意味で今はまだ形質細胞性白血病への過渡ともいえるが、通常は形質細胞の比率は徐々に増加していく。

日本骨髄腫患者の会の解説によると、続発性の形質細胞性白血病の場合は、多発性骨髄腫より強力な治療が必要と書いてある。今回のやったDCEP療法はかなり強力でこれ以上強い治療法を見つけるのは難しいだろう。主治医はDCEP療法は2度とは出来ないだろう。造血幹細胞が持たないだろうということだ。

どういった治療方針を立てることができるのか。夕方主治医がショックを受け落ち込んでいるのではないかと心配したのか、病室まで様子を見に来てくれた。確かにやっと治療が終わりほっとした所に、次の展望が見えないと言われたのだから、心安らかでいられる訳はない。しかしこれも宿命である。受け止める他ない。後は「人事を尽くして天命を待つ」といった心境だ。今望む事は次回の診察日まで、IgMが増えず、抹消血中の形質細胞が増加しないことそれ以外にはない。

医者は励ましの意味も込めて次のようにいう。今日多発性骨髄腫の研究は国内外極めて盛んである。まだはっきりと内容は言えないが半年後位にサリドマイド+(新薬または従来の薬の新たな組み合わせ)を使う治験が行なわれる。それを試してみる他ない。それまでどうするか、次回に診察日3月17日までに考えておくということで別れた。わざわざ2度に渡って詳しい説明と治療の困難さを説明に来てくれた誠意は十分感じ取る事が出来た。しかし結局従来の治療法では対抗出来ず、治験に頼る他ないとはまさに狭い一本道を小さな灯りを頼りに進んでいるような気分だ。

形質細胞性白血病 (Plasma Cell Leukemia)
末梢血に 2000/mm 以上の形質細胞を認めたり、 白血球分画で 20%を超える形質細胞を認める場合、 形質細胞性白血病と診断します。初発骨髄腫患者の2~4%が形質細胞白血病の病像を呈します。
初診時にこれらの所見がみられるものを 原発性(primary)形質細胞性白血病と呼び、 骨髄腫の経過中に白血化(形質細胞が末梢血に出現すること)したものを 続発性(secondary)形質細胞性白血病と呼びます。 治療は多発性骨髄腫に準じますが、 続発性の場合はより強力な治療が必要です。(日本骨髄腫患者の会)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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No title

あれから原因はわからずに今日に至ります。もう・・諦めてます。で効いているかどうかわからない薬を八種類も飲んでます。でも今は私よりyosimineさんがよくなることをずっとずっと祈ってます、そしてずっとずっとブログを見たいと思っています。治験でも半年・・頑張りましょう、きっときっと希望はありますから、何となくわかります

こわいかもしれませんが
新薬を信じます。
負けません。

今年の桜

前に最大の衝撃波と書きましたが、徐々に状況がクリアになってきたようですね。
1ヵ月間IgMは押さえ込めたので2クール目が可能な気がしていましたが、造血能力不足と主治医は判定されたと言う事でしょうか。
PCLは、定義上はまだでしょうね。IgMの上昇スピードを勘案すれば、PCLであってもなくても大きな差はない気がするので、気にしなくても良いのではないでしょうか。

この種の病気のPPK(ピンピンコロリ)性から、どうせ死ぬのならがんで死にたいと言うがん専門家は少なからずいます。(この点で現状をうまく生かせば不幸中の幸いと言えないこともない)
P期からK期に入ると、自宅で比較的自由に動ける→入院だが状況により自由に動ける→ベッドから動けない→意識はあるが口も動かせない、と成りますが、K期は、ちょっと前まであんなに元気だったのにという感じで急速に進むのが特徴の様です。(必ずしも段階を踏むわけではない)

もしK期かも知れないとなったら、やりたい事・やっておくべき事は、段階に応じて早めに済ませておいた方が良いかもしれません。
私は、何かやらなきゃというよりは、その時まで淡々と過ごすと言う方が好きです。
yosimineさんも入院35日目のブログなどから似たようなお考えなのかも知れません。私自身は、いざその場になるとかなり取り乱したりするかもしれませんが、それはそれでいいと思っています。
ただ、DNA・DNR(Do not Resuscitate)・気管切開・経管栄養などの終末期医療についての主治医・家族とのコミュニケーションは図っておいた方が良いかも知れません。ちょっと気が早すぎるかもしれませんが。

人生60余年、共病生活5年余、色々あって長かった様でもあるし、振り返れば、夢・幻のごとく…
今年の桜は一段と美しく咲くでしょうか?

No title

みりさん、まりこぶさんご心配有難うございます。性格的にどうにかなるさといった気分で生きていますので、それ程治療や行く末の事を気にかけている訳ではありません。いざとなればそういったものとして腹をくくればいいだけの話です。
それでも新薬に希望を託して延命を続けていくのが自分の生き方だと思えばそれを貫くだけです。このような事態になっても選択の余地はあるのです。

ターミナル・ケア

kaitjn8さん、相変わらず辛口のコメントおそれ入ります。それがまた核心を突いていてかえって気が楽になります。まさに「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。」なのです。

確かに多くの人が言います。がんは死ぬまで時間がある。その間自分の死をどのように迎えるか考える時間がある。今終末期医療について考えようとは思いませんが、いざとなればやはり考えざるを得ないでしょう。

私より5歳年下の友人が昨年食道がんで亡くなりましたが、死期が近付いた頃連れ合いに「やりたいことはやってきた、今までの生き方に悔いはない」と言ったと聞きました。

端の人がその人の人生をどう評価するか、それは死を目の前にした人にとってどうでもいいことです。死を目の前にして自分の人生の全てが見えてくるのでしょう。それをどう感じるかだけが重要なのだと思います。

今年の桜は一段と美しく咲くでしょうか? 一体誰のために。
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yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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