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目白周辺散策

3月19日(土)
今日は午後から気温が上がる。18度にまでなるという、春真っ只中という陽気だ。散歩には丁度いい。退院後水曜日に眼科の診療、木曜日に血液内科の検診以外外出していない。歩くという行為はいわば習慣的なものもあるので、定期的に行なわないと段々と体が怠惰な方向に傾いていく。

午後になるとむしろ汗ばむ位かもしれない。10時半頃家を出た。目白周辺を回って丁度2時間コース位になるように場所を選定した。行ったことのある場所もあるが、近くで散歩できる所は限られているので止むを得ない。

椎名町駅から、新しく整備された環状六号線をくぐる。環状六号線がすっかりきれいになり、街路樹が植えられ、歩道もかなり広く歩行者用と自転車用に分けられが赤レンガと灰色のレンガによって区別されている。この舗道の広さだともう一車線作れそうだが、一部だけ道路を広げても余計渋滞するのかもしれない。

目白通りに沿って目白まで行く裏道がある。途中目白通りに近接する部分があり、そこから目白通りに出る途中に「目白の森」がある。ここは一度マンションの建設計画が決定したが、緑地保存への近隣住民の熱意で、建設前に計画が変更され保存された。

目白の森
閑静な目白の住宅街で、里山の雰囲気が味わえる貴重な森。園内は邸宅だったころの樹木をなるべく残しながら整備した。細い園路を行くと小鳥たちの空間があり、小鳥のさえずり声が聞こえてくる。 森のような空間の中に、住民有志から寄贈された大きな切り株のモニュメントが斬新な雰囲気を感じさせる。

目白周辺002_convert_20110319150632  目白周辺005_convert_20110319150655

「目白庭園」は今日の中心的訪問場所であった。ここは以前来たことがあるが、近くにある本格的な回遊式庭園で、何時来てもその四季折々の風景を楽しむ事が出来、広々とした池の鯉を眺めていると、都会の只中にいながらその喧騒とは別の世界に入り込んだ気分にさせてくれる場所である。

しかし庭園に着いてみると「臨時休園のお知らせ」の紙が入口に張られ「東日本地震の影響により、いまだ余震の恐れがあるため安全対策をとり、3月21日(月)まで休園といたします」と書かれていた。残念なことに庭園を見ることは出来なかった。写真は07年6月に行った時のもので、木々の緑が濃い。

目白庭園
滝に築山、池を配した伝統的な回遊式庭園であり、この地で創刊された童話雑誌「赤い鳥」にちなんだ数寄屋造りの茶室、「赤鳥庵」も池に面して優雅にたたずんでいる。池を回遊する園路の随所で自然の造形美に出会えます。深山を思わせる滝や石組み、水上に浮かんだ「六角浮き見堂」からの大海を見るような眺めが都会にいることを一瞬忘れさせてくれる。

目白庭園010_convert_20110319152836  目白庭園029_convert_20110319152603
 赤鳥庵                            六角浮き見堂   

目白庭園011_convert_20110319152638  目白庭園026_convert_20110319152810  

千種画廊

千種画廊は、大正7年に童話雑誌「赤い鳥」を創刊した児童文学者・鈴木三重吉の旧宅跡地でもある。「赤い鳥」は昭和11年まで発行され、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や有島武郎「ひとふさの葡萄」などの童話から、北原白秋の「赤い鳥小鳥」、西条八十の「かなりや」などの童謡まで、多くの傑作が発表され、児童文学の育成に大きな役割を果たした。

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 千種画廊玄関                        目白の森に咲いていた椿

上がり屋敷公園
 
「お上(あが)り屋敷」とは江戸時代の狩場の休憩所のこと。やがて地名となり、現在は閑静な住宅地のなかにあるこの公園の名称として引き継がれた。 園内中央にある豊かな葉をもつ一本のムクノキが公園のシンボルとなっている。広場の西側にはパーゴラを備えた砂場と遊具がある。西武池袋線に「上り屋敷駅」があったが1953年(昭和28年)に廃止された。

目白周辺018_convert_20110319150822  目白周辺016_convert_20110319150942

自由学園は上がり屋敷公園と同じ並びの道沿いにある。この日は結婚式が行なわれており、内部の見学は出来なかった。帝国ホテルを設計したロイド・ライトの作品という明日館は、長い歴史を見守りながら周辺の変遷の中で、その独特の姿を主張し続けてきたのだろう。そして今時を経てホテルメトロポリタン、メトロポリタンプラザの高い建物を背景としながら、一つの調和を作り上げている。

自由学園明日(みょうにち)館

羽仁吉一・もと子夫妻が雑誌「婦人之友」を母体に創立。現在は多目的スペースとして展覧会やリサイタルなどに利用されている。米国人建築家、フランク・ロイド・ライトが設計した洋館は、平成9年に国の重要文化財に指定。

自由学園明日講堂

敷地の南側に建つ講堂は遠藤新の設計で、昭和2年(1927)に完成しました。 平成元年(1989)9月より外庇や玄関、水切、建具の補修工事など、大規模な改修工事が行われた後、平成9年(1997)5月に、他の3棟とともに重要文化財に指定された。

目白周辺022ed_convert_20110319155201  目白周辺024ed_convert_20110319160717
 自由学園明日館                      明日講堂

(資料:「公園ガイド」、「文化・観光-散歩コース」 豊島区公式ホームページ)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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