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浜離宮・泉岳寺

3月28日(月)
病院生活の続きというわけではないが、毎日朝は6時前には目が覚め、6時起床という生活が続いている。6時半から近くの公園でラジオ体操が行なわれているが、今はまだ朝冷え込むので、4月1日から参加しようと決意している。

この公園のラジオ体操は地域の老人会が主催して、正月3ケ日と雨の以外休むことなく継続しているということで豊島区でも注目されている場所だ。暖かくなれば70~80名の参加がある。

この間色々な会合や催し物が中止になったり延期になったりして、病院に行く以外はほとんど家にいる事になる。確かに家事をやる事は体を動かすことになるが、掃除、洗濯にしても1時間もかからず終ってしまう。

入院前から体重は減少していて、病院食はほぼ完食していたが体重は増えなかった。退院後体重が増えてきたのはいいが、運動をしないと筋肉にならず、脂肪として蓄積するだけだ。動かないと体が鈍ってきて怠惰な海に溺れていくようで気分が悪い。定期的にウォーキングコースを探して歩く他ない。

浜離宮恩賜庭園

花に名所案内といっても梅は終わり、菜の花が咲き始めているが全体的にはまだ少し早い。浜離宮恩賜庭園の案内では菜の花が見頃を向えているということであった。園内の大手門近くにはお花畑があり、内堀広場前のお花畑3,000㎡には、春のおとずれとともに約30万本の菜の花が咲き乱れる。ここは秋にはキバナコスモスのお花畑となる。

浜離宮恩賜庭園は何度か行った事があるが、かなり広く、ざっと回るだけででも1時間以上かかる。平日であまり人も来ないし散歩するには丁度いい距離だ。潮入の池を中心として、横堀や鴨場など水辺とそれを囲む風景は起伏に富んでいて飽きさせない。きっかけは菜の花であっても歩く事が主目的である。

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 三百年の松                        汐留シオサイトのビル群

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 潮入の池                          中島の御茶屋

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 内堀広場前の菜の花   

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泉岳寺・四十七士の墓

新橋駅でふと思いついた。入院中に、本格ミステリー作家クラブ編、2006年度本格短編ベスト・セレクション『法廷ジャックの心理学』という本を読んだ。その中に田中啓文の書いた「忠臣蔵の密室」という短編が面白かった。設定がそもそも奇抜だ。四十七士が討ち入りをし吉良上野介を探すが中々見つからない。

史実では炭小屋に隠れている所を見つけ出されるのだが、炭小屋で見つけたのは上野介の死体だった。ともかくそれを隠して討ち取った事にしたが、誰が上野介を殺したのかの謎は残る。また炭小屋の周りの雪には足跡が全くなく、密室殺人事件としての謎解きの面白さもある。

田中啓文のミステリーはそれを解き明かしていくのである。最後に出てくる駄洒落が面白い。ディクスン・カー(アメリカの推理作家、密室トリックを得意とする)が「忠臣蔵」を手本として作家としてのスタイルを築いたことから、誰言うともなく「カーが手本にした忠臣蔵」すなわち「カー手本・忠臣蔵」という言葉ができたといわれている。

そんな事を思いだしながら、泉岳寺にはまだ行った事がない、一度は行ってみようと思い立ち都営浅草線に乗った。新橋から3駅目だ。こちら方面は山手線の丁度反対側だしめったに来ることはないので、思い立った時行かないと機会を失ってしまう。

泉岳寺の駅を降り、第1京浜を右に曲がり坂を100mばかり上がると最初の門がある。中門というらしい。そこから山門まで参道になっていて3件ばかり土産物屋が店を開いている。中には創業は明治二十年という店もある。店内は山鹿流陣太鼓のストラップ、耳かき、飴などの太鼓グッズ、四十七士の使った提灯、また黒猫キャラの忠臣蔵絵本やポストカードなどがある。兵庫県赤穂名物、総本家かん川製のしほみまんじゅうは多くの人に絶賛されているという。

縁起: 泉岳寺は曹洞宗の寺院で、本山は二つあり一つは道元禅師が開かれた福井県の永平寺、もう一つは横浜鶴見の総持寺である。泉岳寺は慶長17年(1612年)に門庵宗関(もんなんそうかん)和尚(今川義元の孫)を拝請して徳川家康が外桜田に創立した寺院である。創建時より七堂伽藍を完備して、諸国の僧侶二百名近くが参学する叢林として、また曹洞宗江戸三か寺ならびに三学寮の一つとして名を馳せていた。

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 中門                              山門  

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 本堂                              血染の石、血染の梅
 
中門、山門を潜り本堂前の広場に出る。赤穂浪士四十七士の墓は一般墓所の一画に独立して作られていている。赤穂義士記念館などの建物を見ながら、墓に向う階段を上って行くと途中に、「血染の石、血染の梅」と書いた看板が立っている。これは「浅野内匠頭が田村右京大夫邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられている梅と石」だということである。また「赤穂浪士が、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い、主君の墓前に供え報告した」ということから「首洗い井戸」と呼ばれている井戸がある。

四十七士の墓の入口には門があり、そこでは線香売っている。入口に近い所には浅野浅野内匠頭とその夫人の墓があり、少し高くなった石畳の敷き詰められた場所に、四十七士の墓が並んでいる。大石内蔵助と主税の墓は別個に作られていた。石畳の上にあまりにも整然と墓石が並べられているの様子は、多くの参拝者用に整備されたものだろう。全く時代を感じ取ることができなかった。

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 浅野内匠頭の墓                      浅野内匠頭夫人の墓

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 大石内蔵助良雄の墓       四十七士の墓

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 大石主税の墓           四十七士の墓

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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No title

ビルの谷間の菜の花畑、びっくりしました。
黄色のじゅうたんは、まさに春の景色ですね。
いい香りがしてきそうです。

都会のお花畑

東京のお花畑というのは何処も人工的なものが多いです。公園や庭園では季節の花を植えて、来る人の目を楽しませようとしています。浜離宮も秋は同じ場所に、キバナコスモスが植えられています。
自然の中で自生している花々ではなく、季節によって植え替えられているお花畑は少し興ざめな所もありますが、都会に住んでいて近くで季節の花々に触れる機会がないので、公園のお花畑で満足する外ないでしょう。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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