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自然の脅威と人間

4月7日(木)
4月1日からラジオ体操に行こうと決意したが、何故かその日から6時起床という退院後継続していた習慣が崩れてしまった。1日から起きるのがラジオ体操が始まる6時半ぎりぎりになってしまった。5日は目が覚めたのが7時を過ぎてしまった位だ。

目覚ましをかけてまで行くというものでもないので、起きた時間に間に合わなかったらあきらめるしかない。3月30日からサリドマイドを服用しているのでその関係で眠りが深いのだろう。一応1日休んだだけで6日間続いている。1日一度ラジオ体操という全身運動をするというのはウォーキングとは全く違った効果を体に与えるだろう。

やはり入院というのはかなり体力を消耗するものだ。入院中外出で湯島天神に行ったが、その時は少し歩いては休むという動き方しか出来なかったし、病院に戻ったときにはかなり疲れているといった感じを持った。最近ウォーキングを目的として幾つかの所に行ったが1時間以上歩いても体力的には何の問題もなかった。かなり体力が回復しているという実感を持つ事ができた。

オオシマサクラ_convert_20110407142751 オオシマザクラ

ヨシノヨシノ_convert_20110407142825 ソメイヨシノ

公園のオオシマザクラは開花が早く4,5日前から満開だった。ソメイヨシノがついに花を開いた。7分か8分咲きといった感じだ。自然はかくも美しくその姿を現している。しかし一方3月11日巨大な地震と津波といった自然の脅威に人々はなす術もなく打ちのめされた。1万2千人の死者を出し、未だ1万5千人の行方不明者がいる。16万人が家を失い避難生活を余儀なくされている。

自然との共存を目指していたのではないか。しかしそれは人間の一方的な思い込みに過ぎなかった。だがどんなに打ちのめされようが、我々は自然と共に生きなければならない。その粮を得る事によってしか生きることは出来ない。どのような科学も自然を支配することは出来ない。自然との共栄共存を目指すほか生きる道はない。

東日本大震災。これまで誰がこのような事態が起こると想像しただろう。阪神大震災を経験していながら、ここまでの地震と津波は考えても見なかったことだ。海岸付近の集落まったく別世界となってしまった。そこにはもはや人間の住める場所は残されていない。建物が根こそぎさらわれ広大な瓦礫の山が延々と続いている風景が存在するだけだ。

地震が起こる14時46分まではいつもと全く同じ普通の生活をしていた多くの人が一瞬のうちに、普通であったはずの一日がなくなってしまったのである。何の予感も予測も人間に与えることなく起こる自然災害の恐ろしさと脅威の前に人はなす術もなかった。しかしこれは現実に起こったことなのである。

自然に対して、人間がいかに小さく無力な存在であるかということを嫌というほど思い知らされるものであった。人間はただ大自然に身をゆだねるしか出来ないのだろうか。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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